26日付『東京新聞』に「折り鶴の願い 風化させず」との記事が出ていた。被爆10年後に白血病になり、回復を願って折り鶴をおり続けながら12歳で死亡した佐々木禎子さんの2歳年上の兄、雅弘さん(63歳)が国立広島原爆死没者追悼平和記念館を訪れ、禎子さんの遺影を登録したという内容である。
遺影は、発病前の1954年秋、広島市立幟町小の6年生だった禎子さんが運動会のリレーで優勝した記念に撮影されたもの。新聞に掲載されたはちまきに体操服姿の写真を見ると、同じ年の娘を持つ親として胸が痛む。
平和記念公園に立つ「原爆の子の像」のモデルとなり、折り鶴の物語は世界中の子どもたちに読まれているそうだ。雅弘さんは「多くの人に遺影を見てもらい、平和を願い続けた禎子の気持ちを感じてほしい」と語ったそうだ。戦争体験の風化は時の経過とともに進むのはいたしかたない。だからこそ、それを単なる歴史の事実として残すのではなく、常に歴史がら学び、真の意味での平和の思想化を図らなければならないであろう。
広島・長崎の原爆被災を始めとする戦争体験から得てきた日本の平和主義も、世界の現実の中で揺らいでいる。しかし、一見逆行している思われる世界の現実も、日本の平和憲法に盛られた絶対平和主義的な方向へと指向していると確信している。風化は免れないが、だからこそ時代をこえて体験を共有する真の意味での風化させないあり方に、思想・運動・教育などあらゆる努力を傾けるべきだと思う。
明日の夜の飛行機で、広島平和集会に20年くらいぶりに参加する。台風が心配であるが、何とかお繰り合わせを頂きたい。
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No.480
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