==思うがままに==

2004年9月1日のエッセイ


本教と政治5(再開) 
(今日から9月、おかげさまでちょうどパソコンも無事復活いたしました。そこで長らくお待たせしておりました、政治と本教について再開いたします。だいぶ日が経ってしまいましたので、まず最初にこれまでのことを少し振り返り、現在実効中の「4監40号教監通牒」を紹介します)

 本教は戦後すぐの1949(昭和24)年に「本教関係者の政治干与について」という総務部長通牒が発せられ、「何れの政党政派に関するものも等しく取次の道に依って救い助けられる」という取次の本質から、教団、教師による「選挙不関与」の方針を打ち出した。その後「政治の問題は信仰の問題ではない」とする風潮が蔓延したという反省から、1975(昭和50)年、「本数信奉者の政治問題に対する態度について」との教監通牒が発せられた。これは「選挙関与」と「政治関与」は違うレベルのもので、信奉者における積極的政治関与を促した通牒であった。

 しかし、その信奉者個々人の思想、信条の自由を尊重するために、教団においては政治問題に対して表明をしないとしたために、結局は24総務部長通牒からあった問題をそのまま引き継いでしまったのである。もちろん、宗教教団として政治と一定の距離をおくあり方は評価された。だが、社会存在としての主体性の放棄と、難儀の質が個人レベルから社会レベルへと変化したことが相俟って、本教の最も重要な働きである「取次助ける」働きが弱まり、教義の枯渇化、信心の弱体化、教勢の停滞をみたとの指摘が現れてきたのである。そこで、1992(平成4)年に以下の教監通牒が発せられた。

本教信奉者の政治社会問題に対する態度表明について
           平成四年五月二十七日 四監第四○号
           教内各位宛 金光教教監通牒

 去る昭和五十年六月二十五日付、五○監第五○号「本教信奉者の政治問題に対する態度について」の教監通牒は、本教の信奉者が自らの主体的な信念によって政治的見解や思想を選択し、具体的な政治社会問題について思想や行動を伴う態度を自由に決定していくことを基本の願いとしたものであります。しかしながら、この通牒は、信奉者個々を規制しないようにとの配慮から、各機関、教会、団体等の職責にある者が全教を代表するような態度を表明することを規制したために、政治社会問題に対して積極的な取り組みがなされにくい風潮を生じてまいりました。
 今日においては、政治社会問題について教団としての対応を迫られる状況が内外から起きてきております。わけても、生命、環境、人権、平和等の人類の生存や将来にかかわると共に、信仰にとっても重要な問題や、教団の存立にかかわる問題に関して教団として取り組むことなしには、社会存在としての教団の役割を十全に果たすことができません。
 つきましては、五○監第五○号「本教信奉者の政治問題に対する態度について」の通牒は廃止し、改めて左記の通り通牒いたしますのでご了知くだざい。
                  記
一 本教信奉者が政治社会問題に対して、自らの信念に基づき、個人として態度を表明することは自由である。
二 教会、団体等が政治社会問題に対して、本教の信仰に基づき、教会又は団体等の総意と責任において、態度を表明することは差し支えない。
三 教団が政治社会問題に対して態度を表明する必要のあるときは、教内の意見を踏まえて、これを行う。
                  ○
本教教師の公職選挙に関する態度について
           平成四年五月二十七日 四総第二三八号
           教内各位宛 金光教総務部長通牒
 この度、五○監第五○号「本教信奉者の政治問題に対する態度について」の通牒廃止に伴い、本教教師の公職選挙に関する態度等について次の諸点を心得て頂くよう、改めて通牒いたします。
                  記
一1 本教機関の職責及び教会長・副教会長は立候補してはならない。
 2 1にあげた者は、個人としても特定の政党又は候補者のために推薦、応援などの運動をすることは妥当でない。
 3 1にあげた者以外の教師が立候補又は推薦、応援などの運動にたずさわることは差し支えない。
二 教会の施設を、特定の政党又は候補者のために、選挙に関係する講演、集会等の会場として使用してはならない。  (つづく)
No.536


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