誰もが平和の時代と願った21世紀。
人類は愚かにも未だに殺しあいを続けています。

20世紀人類は2億人もの人たちが戦争で殺されました。1945(昭和20)年、敗戦の年の日本人の平均寿命は男24歳、女37歳、驚くべき数字です。
私は世界真の平和を目指し、まずは絶対非戦個人を宣言します。殺したくもないし、殺されたくもありません。戦わないし、戦ってもらいたくもありません。
そして、すべての1人ひとりのかけがえのない命が輝くよう、金光教の信仰により祈り、行動していきたいと願ってます。

「思うがままに」は、2003年8月からはじめました。 「思うがままに」中、平和に関することは「平和雑感」、野球に関することは「野球道」、紀州に関することは「紀州連合」のトピックカテゴリーに、また、過去の年月日別は、リンクカテゴリーの「一覧表」にそれぞれ整理しております。


5月月例祭・食事会

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 先日の日曜日は、5月の東京学生寮月例祭が村田光治(神奈川県子安教会)運営委員祭主のもとに仕えられ、その後恒例の村田先生のお魚料理による食事会が盛大に開催された。 
 

 月例祭教話では、村田先生から「思いやり」について、金光教の祭典儀式を例に興味深いお話を頂いた。このたびの月例祭では、お祭りは祭主先生1人で仕えられたことで、「典礼」の号令から「先唱役」もされた。

 祭典は、全てご祭主の動きに合わせて執り行われ、祭主に合わすことによって全体が整う。ところが、お教会によっては、祭主の動きを無視して、例えば4拍手でも祭主1人がワンテンポ遅れることがある。

 また、今日の祭典でも村田先生は、「神前拝詞」の先唱をゆっくり目にあげているのに、これは私の日頃の御祈念の影響で、寮生たちがテンポよく早くあげてしまい、祭主を無視する形となってしまった。

 村田先生はそのことを指摘され、やはり何事でも「思いやる」気持ちを持つことが大切で、「思いやり」が日頃からできるためには、例えば祭典でも意識してのぞめば、「思いやり」の気持ちを持つことの稽古ができると話された。

 村田先生には、毎回祭主・教話から食事会の準備までしていただき、深く感謝している。これは先生が東京学生寮運営委員になられる前からだ。その当時の「焼き肉」、「鍋」、「焼き肉」、「鍋」のワンパターン食事会を見るに見かねて、先生が直接お魚を市場で買い入れ、刺身や揚げ物にしていただいたりしたことから今日まで続いている。だからもう10年くらい前からだと思う。

 このたびは、ぶりのお刺身と鰹のたたき、マグロの尾っぽの天ぷら等々、日頃自炊の寮生たちは大喜びであった。

 さて、今東京センターであるが、今日これから夜行バスでまたご本部へ出張する。東京学生寮の母体である「金光財団」の役員会出席のため。18日には東京で所用があるため、夜行バスで行って夜行バスでトンボ帰りする。無事安全、交通安全、万事のお繰り合わせ御礼・祈願。

 5月7日、衆議院第2議員会館第5会議室において開催された「宗教者九条の和主催」の講演会に出席した。久し振りの衆議院会館、きれいに新築されていてびっくりした。講師は一橋大学イノベーション研究センター特任教授の所源亮(ところ げんすけ)氏で「原発と憲法9条 ‐広島原爆10万倍の放射能と、どう向き合うか‐」との講題のお話を承った。

 一言で言って衝撃的な内容であった。福島第一原子力発電所の事故の影響を、誰にでもできる当たり前の計算式で求めるとチェルノブイリ事故の約138倍もの放射性物質がばらまかれ、また広島原爆と比較すると、広島原爆の10万発分の死の灰が産出されたそう。

 そしてそのほとんどが海に放出され、太平洋側の魚への汚染は相当に進み、現在政府も東電も検査測定をしていない中で太平洋の魚は食べない方がいいと言う。また、原発はコストが低いことを売りにしているが、核燃料の製造・原発の解体・放射性廃棄物処理のコストをすべて勘案すると、とても経済的とは言えないもの。水力発電などを増やせば原発の必要性は全くなくなると主張された。

 

 原発事故による放射能汚染の実態を聞けば聞くほど怖くなる。このように危険という識者もいれば、安全という学者もいる。要は科学者といえどもどの程度被害がでるか誰もわからないのだ。わからないくらい怖いものはないし、本当に怖い話は政府も東電も絶対に言えない。そして経済の論理が優先し、誰も責任をとらないままにいつのまにか原子力に依存し、何事もなかったように日常が動く。

 いったい現在何が起こってるか、また起ころうとしているか。早くも地震にせよ、原発事故が風化していると言われる中で、しっかりと注視していく必要がある。過ちを繰り返さないために。

 

15時間かかって帰ってきました。

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 先日東京に戻ってきたが、大雨の影響で15時間かかって帰り着いた。大雨で熊野~尾鷲間が通行止め。その日勝浦から出発する予定の西武バス2台が尾鷲までしか来ることができず、西武のバスはとりあえず尾鷲からのお客さんを乗せて、三重県の亀山で待機。

 私たち勝浦からは、共同運行会社の三重交通の4人がけのバスが2台来て、まずは新宮からの乗客を乗せるために新宮へ北上。新宮より先の熊野からのお客さんは新宮までまた別便で来ていた模様。そして迂回のためまた勝浦方面戻る形で和歌山、大阪、奈良の「西名阪」コースで亀山を目指した。

 ところが、途中「西名阪」も通行止めとなり、何と京都へ入って新名神道路で亀山までくだる形で合流。皆さんゴールデンウィークで予定を入れており、運休されては困ることはわかるが、ただ、あの関越道での事故があっただけに一抹の不安を覚えた。

 三重交通で勝浦まできた運転手さん(2号車)は、本来3人がけのバスに乗る乗客を4人がけのバスにも席割りをして乗車させようとしてパニクっている。結局1号車の運転手さんが応援にきて、別に自由に座ってもよいとなって事なきを得たが、2号車の運転手さん、老眼もきているようで、乗車名簿がよく見えないこともあり、かなり慌てていた。

 ようやく、運転手さんが「それでは出発します」とハンドルを握ると、前にいた女性の若い子たちが、明るく大きな声で「よろしくお願いします」と声をかけ、運転手さんが元気よく「はい!!」と答えたので、これには不安な気持ちがスゥーと和らいだ。やはり皆さん事故を意識しているよう。

 勝浦からは1人であった運転手さんも新宮からは2人になりかなり安心した。亀山で待たされた方も大変だったと思う。低気圧の移動と共に東上しているようなもので、大雨の中、亀山で西武バスに乗り換えて、池袋に4時間弱の遅れで着かせていただいた。出発前に三重交通から電話があり、予め迂回変更を聞いていたため、疲れはそうでもなかった。何より無事到着感謝。

 昨日は浦和教会100年祭に参拝させていただき、今度は「宗教者9条の和」主催の国会内での原発問題をテーマとした行事に参加、その後金光新聞の会議でご本部にまた往きは夜行バスで出張します。

勝浦教会大祭のため帰省します。

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 今晩の夜行バスで、帰省します。また、しばらく当ブログお休みします。よろしくお願い申し上げます。

追伸

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娘の所属する「ハイセンスハムスター」は、4人のガールズバンドで、娘はドラムです。

娘がNHK・Eテレに出ます。

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 またまた親バカぶりで恐縮ですが、娘が下記の通り、NHKEテレのエンタメ系ティーンズバトル「スクールライブショー」という番組に出ます。3月17日に収録されたものですが、高校生軽音バンド関東地区73組中、12組に選ばれ、その12組が演奏して一位を決める内容です。

 4月から毎週日曜日に3バンドずつ放送され、最終の3組のトップで登場します。バンド名はハイセンスハムスター(東京都立府中西高校)で曲目は「食物連鎖」です。
よろしくお願い申し上げます。

日時 4月29日日曜日午後6時から
            30日月曜日午後11時30分から(再放送)
番組名 スクールライブショー
H・P http://www.nhk.or.jp/sls/index.html

歴史に学ぶ

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 首都直下型地震が4年後までに発生する確率が70パーセントと言われ、このたび首都直下型地震の被害想定が公表された。今日の政治社会状況に、その被害の大きさはもちろんのことであるが、その後の日本社会のありようを思うと暗澹たる気持ちになる。

 それは戦前社会と現在があまりにも酷似しており、やがて破滅へと向かうのではないかと恐れるからだ。大戦後、日本は復興した。しかし、その代償はあまりにも大きい。その体験に何も学んでないのではと憂いを覚えるのである。

 戦前は、関東大震災が起こってから、不況になり、経済不安や社会不安のなかで汚職が相次ぎ、政治が機能しなくなった。軍部によるテロが相次ぎ、戦争へと向かった。

 現在も長引く不況に地震が起こり、福島の原発事故は、地方行政、地域社会をも組みこんだ政官財学の癒着構造を明白にした。政治が機能せず、政治不信が蔓延している。それに加えてテロへの不安、原発事故の放射能汚染の不安等の社会不安が高まり閉塞感に陥っている。

 そうした閉塞感から戦前は、軍部が主導し大政翼賛会等全体主義的となり、現在も民主と自民の大連立が画策されたり、橋下大阪市長らの地方の動きは、既存党のあまりのふがいなさに国民がなびき、やがて全体主義的なものへと変貌するのではないかと危惧する。

 その戦前、戦後の相似点で象徴的なものに「戦艦大和」と「原子力発電」があると考える。両者とも当時の科学の粋を極めて造られたがあえなく沈んだ。戦前は軍国主義で不敗神話。戦後は原発主義で安全神話と構造は同じである。

  「アメリカには勝てない」、「原子力に絶対安全はない」とわかっていながら、物事が何となくずるずると決まってしまい、やがて取り返しのつかないところまでいき、そして誰も責任をとらない。この無責任体質は相変わらずだ。 

 私たちは、戦艦大和が沈んだところで、よくよく学ぶべきであった。目先の利害損得に右往左往することなく、自然や歴史に謙虚でなければならないことを。今からでも遅くはない。先人たちから何を学び、教訓とすべきは何か。1人ひとりが真剣に考え、それを未来に生かさなければ、明日はないと思う。

一応原因判明

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 一応原因は判明しましたが、今後いろんな対策が必要となりそうです。とりあえず、今のところはこれがアップできそうですが。今日は午後から東京センターで、また色々と詳しい人にお尋ねしたいと思います。

お詫び

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 なぜか寮のパソコンから当ブログの更新ができず、本日東京センターに出務するとこれまたなぜか、東京センターのパソコンからは更新することができました。

 原因がわかるまで今しばらくお待ち下さい。折角、ご訪問いただきなから、いつも留守をしているようで、誠に申し訳ありません。

 14日は、本年度の開寮記念祭・新入寮生歓迎会が執行されました。本年度の新入寮生は日本人4人、留学生3人。みんないい新たな大学生活のスタートを切れたようです。感謝。

 

 

寮花見大会・第1次新入寮生歓迎会

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 4月6日午後4時から、寮花見大会・第1次新入寮生歓迎会を開催した。今年度は日本人4名、留学生3名、留学帰り再入寮者1名の計8名が入寮する。寒い日が続き、なかなか日程を決めかね、差し迫っての告知となったため、このたびは卒寮生や関係者の参加は3名であった。

 寮の桜は、東京の開花日の次の日にようやく2、3輪が開いたが、その後も寒い日が続き、一時は延期も心配された。しかし、5日に気温が上がり、6日までに8分咲きぐらいとなり、好天にも恵まれた。ただ、北風が強く、日が陰るとやはり寒い。

P4062171 (640x480).jpg だんだんに日が暮れてくると板東さんがブルーシートの上に毛布を敷いてくれ、多くが毛布の上へと移動。寄り添っている姿を見ると猿みたい(*^_^*)。それでも今年はみんな我慢強く、8時頃までは外にいた。

P4062172 (640x480).jpg その後、玄関ホールに移動。私は全く酔ってないつもりではあったが、寒さの中に焼酎を飲み過ぎていたらしく、娘からが相当酔っていたとのこと。途中、野球の結果を見に入ったまま寝てしまったらしい。

P4062177 (640x480).jpg P4082179 (640x480).jpg それにしても、今年の入寮8人中、男は1人。だんだんに女子寮化してきた。これは決して選んでいるわけでない。現在、姉妹寮生が3組入り、家族寮に住んでもらっている関係で寮生室が現在3つまだあいている。男性の入寮を強く希望している。

 1年生だけでなく、2~4年次でも途中入寮できますので、皆さまの周りの学生さんにどうぞお勧め下さい。もちろん女子でも大丈夫です。

2012年5月

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