新しい世界へ

                                    

オピニオン64号 1991.12.10 30頁 わかものへ

               辻井篤生(東京都小金井市貫井北町5丁目22−27)
 
 「おまえ、なんじゃあ、その言葉遣いは、ちばけなよ」と先輩に突然殴られ、何が何だか分からなく、ただ痛い思いをしたのを今でも鮮明に覚えている。
 中学1年生の時、親元を離れてご霊地にある金光学園寄宿舎に入って間もないときのことである。
 なぜ、殴られたのか、数日後、別の先輩から指摘された。言葉遣いが悪いとのこと。そう言われてみても、自分では悪いと思わない。しかし、悪いと言われる。どうも方言が原因だったらしい。和歌山県の勝浦という紀州弁での喋り方が、先輩を先輩と思わない喋りになってしまい、後輩の癖に偉そうにと、先輩たちは腹が立ったのである。それから必死で岡山弁と敬語を話すように努力した。
 余談になるが、紀州という国は、江戸時代の徳川家が治める以前はこれといった大領主が存在せず、群雄割拠しており、きっちりとした支配、非支配の体制ができていなかった。そこでの世界では、敬語というものが必要なく、発達しなかったそうである。紀州の最南端では、いまだに普通に喋っている会話が、けんかをしているように聞こえるらしい。

                      ○                             
 時が経ち、六年間で完全に岡山県人になった私は、一躍首都東京へとやってきた。そして、金光教東京寮にお世話になった。しかし、またまた方言で悩んでしまった。大学で、あるサークルに入ったが、そこでの友達と話すとどうもうまく喋れない。さすがに、もう大人であるからバカにされることはなかったが、話の途中で相手がきょとんとして、スムーズな会話にならないのである。言語障害のようになってしまい、だんだんとサークルから足が遠のいてしまい、避けるようになってしまった。
 東京寮の方は、関西から西の人がほとんどで、しかも岡山弁主流の人間ばかりなので、寮の友達ばかりと付き合うようになった。当時の寮は三十人ほどの人がおり、また、金光教という一つの同じ世界の人間ばかりなので、結構楽しく過ごしていた。しかし、サークルの方は幽霊部員になってしまい、大学へ行くと、サークルの人と会ってしまうのではないかと気が重く、びくびくと授業に出ては、さっと帰る情けない毎日であった。
 そうしたある日、寮の先輩や後輩たちと夜を明かして飲んでいるときのことである。最初はたわいもない話から、飲み進むにつれて人生論の話になってきた。今なぜ生きているか、将来はどうあるべきかというような話である。
 みんな好き勝手に大言壮語していた中で、ある先輩が、 
 「親の敷いたレールの上をずっと走って、 疑問に思わないのか」
と言った。その場ではすぐ忘れられ、他の話題になった。しかし、私はこの言葉がぐさっと胸にささり、悩み始めた。結局自分はえらそうなことを言ってみても、自分で都合のいい、楽な方向ばかり選んで生きてきた。レールの上に乗っかっているだけではないかと。
 狭い世界でちまちま生きている現実が、無性に寂しくなった。そこで他人からみれば大したことではないが、自分にとっては思い切っていろんなものに挑戦してみた。まずは、いろいろなバイトをした。大学の方でも行事や集会に顔を出し、そのうちに幽霊部員となったサークルにも復帰した。方言の方は、ちょうど漫才ブームで、東京風の関西弁が流行したこともあったのか、自分でもなぜあんなに悩んだのかが不思議なほどに、いろいろな人と話をすることができた。
 努めて金光教以外の人と付き合い、時を見て、必ず自分は金光教の人間であることを話した。そこで見た世界は、レールに乗った人ばかりであった。レールを踏みはずし、自由に生きていると思っていた人も、結局はもっと自由のないレールに乗っていた。人生にとって、親が敷いたレールであれ何であれ、生きていく限りそこにはレールが敷かれている。要はそれに乗った人間の心の持ちよう、有りようで決まるのだと。そして、金光教というレールが、だんだんと素晴らしい道に見えてきた。一言で言うと、真の自立的自由人の道だ。
                        ○                  
 新しい世界に、どんどん入っていってほしい!そこでは、必ず多くの人と出会える。自分がいた世界とは違う人と出会うことによって、気が付かなかった新たな自分を発見できる。新しいことをするのは、わずらわしく、めんどうくさく、恐ろしく、不安がつきまとうものであるが、ちょっとした勇気を出してほしい。多くの人を知ることによって、逆に自分の心が見え、余裕ある、心豊かな魅力ある人間に、自然となれる。 人生一回、いつまでも「おたく」では、人生半分以上損しますよ。

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