第39回 沖縄遺骨収集に参加 6

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●最終日の夜は、林先生のご子息がされている「ヘルシーダイニング キュアハート」http://r.gnavi.co.jp/f124400/」での懇親会。

●中村先生に突然娘が連れて行かれ、毎年参加されているアメリカのR氏ご夫妻のところに連れて行かれる。そして才田氏、大庭氏の重鎮にも囲まれ、何事か話している。英語わかるのかな?

P2191928 (640x473).jpg P2191926 (640x480).jpg●那覇教会のご信徒H氏の司会で懇親会が始まる。毎年軽妙な語り口で楽しい。主だった方がご挨拶や感想を述べられる。司会から「辻井先生」と名前を呼ばれたので、席から腰をあけようとした瞬間、「ではなくて、今回初めて参加した娘さん」と何と娘が指名された。大丈夫かなとドキドキ聞いていたが、結構しっかりしゃべって、親ばかではあるが、よく話せたと嬉しかった。

P2191929 (640x465).jpg P2191930 (640x479).jpg●最後の方で私も結局指名された。「今回参加の寮生たちは、気仙沼でのボランティアに何度も参加し、また昨年秋のご本部参拝のおりに広島原爆資料館に行き、そしてこの沖縄遺骨収集にも参加させていただいた。

 そこで気仙沼教会長の奥原志郎先生、広島南教会の神田照家先生、そして那覇教会の林雅信先生に出会い、それぞれ薫陶を賜り、大きく成長させていただいた。

 今年も沖縄に来る前は映画「ひめゆりの塔」やNHKスペシャル「最期の県知事島田叡」を見て事前に勉強してきた。ただ、本当に大切なものをつかむためには机上ではなく現場に立つことが必要。その意味で今年の寮生は本当にいい経験をこの1年のうちに積むことができた。

 私は常々寮生たちに話している。それは、『地震や津波の災害や、原爆・地上戦の戦争とそれぞれ違いはあるが、不幸にも犠牲になられた御霊様は、少し前までは普通に親があり、子どもがあり、家族があり、友があり、恋人があり笑顔があった。それを一瞬のうちに奪われた御霊様たちは、絶対に何か言い残したかったに違いない。そして今も私たちに何かを伝えたいと思っているはず。

 その声なき声を聞かせていただくために、その現場に立ち、そしてそこから大切なものを学びとってほしい』と。そのことを願って、次世代の人に積極的に参加を呼びかけ、今年もこうして多くの若者が参加してくれてありがたい」とご挨拶申し上げた。最後に恒例となりつつある『故郷』をみんなで歌って終了した。(つづく)

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このページは、つっさんが2012年3月19日 13:45に書いたブログ記事です。

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