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道を譲る

 武蔵小金井駅に向かう歩道は狭い。今日東京センター出務のために駅まで歩いた間に、何と前から来る三人の方とぶつかりそうになった。右へよけようとすると向こうも右側に、左によければ左と譲り合うタイミングがあわない。

 さほど急いだわけでもないが、その中の一人のお年寄りには悪いことをしてしまった。私がいつも提唱している三つの「お」の一角、「お先にどうぞ」がなってないのだ。相手が前に来たら歩きながらよけるのでなく、立ち止まらなければはならない。

 もう一つ、狭い歩道を二,三人が横になってタラタラ歩かれると、どうしてもイライラしてしまう。これは一人で歩いていても、電信柱がある極端に狭いところでは後ろから来た人や自転車に迷惑をかけることがよくある。

 だからこの頃は、まずはなるべく端を歩き、前から来ると立ち止まる。それから後ろにも気を配りながら、急ぎ足で人がやってきた時は、いったん立ち止まって道を譲ろうと努力している。なかなかこの立ち止まるということが難しいが、「お先にどうぞ」のささやかな一つの実践である。 

日本シリーズ「4時間41分」、見ている方も疲れた(*^_^*)

 昨日の中日対ロッテ、何と長い試合であったか。それもとんでもない試合。途中何度も見ていられず、思わずテレビを消したことも何度か。延長になってようやく「ここまでよくやった、もう負けてもいい」と開き直って直視した。

 9回裏ロッテ、西岡の大ファール。一塁を回ってガッツポーズの映像が流れ、思わず「負けた!!」と叫んでしまった。直後の画面で塁審が手を挙げている。「え、え、ファール?」。スローを見てようやく納得。浅尾の顔も真っ青。しかし、その後をよく抑えた。

 延長10回の無死2、3塁もサブローをよく抑えた。これがなければ今江の敬遠も高橋の好投もなかった。そして1死満塁、福浦のサードライナー。変わったところに球は飛ぶの鉄則で、代わったばかりの堂上直のところへライナーが。何と三直ゲッツー、「よっしゃ!!」今日はもらったと思った。  

 さすが投手王国。昨日の陰の立役者はネルソンと河原であろう。3回でマウンドを降りた山本昌を受け、8回途中までピシャリ。ここで1点でも取られていたら終わっていただろう。これで2勝2敗。仕切り直しである。

道の道たる道とは?

 かつてはよく「道の道たるところ」と言われていたそうだ。その道とは何か、それが一言で言えないから、あるいは一つに決めることができないために、「道の道たるところ」という表現でもって信心を培い、伝えてきたようだ。

 教団という視点から行くと、道の道たるところは「教統」であり、理念としては「生神金光大神取次の道」あり、具体的な姿は教主金光様御結界取次の業であろう。教義的には、「生神の道」、「神人の道」、「あいよかけよで立ち行く道」など、それぞれ少しずつニュアンスは違うが色々の言い方ができ、どれも間違いではない。 

 つまりは、一人ひとりそれぞれが道の道たるところを把握、自覚し、力強く歩んでいく道が、お道の道の道たるところであろう。そこにお道の本質があるのかもしれない。そうとして、私自身としてはどうか。とても一言では表現できないが、先師の方の表現もお借りしつつ、今として次のように表現している。

 道の道たる道とは、神様のみ心のままに、神の願いに生き、すべてを神に、すべてに神を現し、「おかげさま、お互い様でお先にどうぞ」の三つの「お」を 実践することによって、自分の思い通りではなく、本然のいのちが喜ぶ願い通りのおかげが頂ける道である。

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