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宗教家への痛烈批判

 2月23日付東京新聞社説・発言(投書)欄に、自殺問題に関して、「心に届かないお説教」と題した、ある宗教家の投書に対してのある教育サポーターの方の痛烈な批判記事が載っていた。

 一部抜粋すると「あの内容では、現に苦しみを心に抱え、自殺を考えている人の心には、到底届かないように感じました。『人生には、苦しみがつきものだ』『来世で幸せになれるとは限らない』『人は生まれた瞬間から死を宣告されている』『自殺は愚かでもったいない行為』『苦しくても親からもらった大切な命を最後まで使い果たすのが人間の義務』・・・・。確かにもっともなお言葉です。いや、だからこそ『そんなことはわかっている』と、自殺を考えていた時期の私なら言っていたでしょう。
(中略)実際に必要なのは、仏教で言うところの『慈悲』、キリスト教なら『愛』、そういった『他者の痛みを深く思いやり、手を差し伸べる』気持ちではないでしょうか。
 せめて『自殺は正しい選択だとは思いませんが、自ら死を選ぼうとするのは、どんなに苦しくつらいことかと思います』と、他者の痛みを宗教家として受け入れる言葉があってほしかったです(後略)」。

 何とも強烈な批判だ。私自身も非常に反省しなけれはならない指摘がここにある。御用がら若い人からの相談をよく受けるが、なかなか相手の気持ちを理解することは難しい。相手の話の表面上だけ受け取って、理解したつもりになり、こちらの考えを一方的にしゃべることがよくある。つい、怒り口調になってしまうこともある。そうした上の立場からこうあるべきと教え諭すあり方は、今や全く相手には通じない。

 また逆にただ聞いているだけでは、なかなか相手の本音がつかめない。本当に何が言いたいのか。何を理解してほしいのかを真剣に考えながら傾聴する必要がある。そしてその気持ちを理解でき、なるほどあなたはこういうことで悩んでいたのかと共感したときに、そこに神様が生まれ、助かりへと向かうだろう。ただ、この宗教家の方は、発言されただけでもすごい。感心しきりである。

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