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歴史に学ぶ

 首都直下型地震が4年後までに発生する確率が70パーセントと言われ、このたび首都直下型地震の被害想定が公表された。今日の政治社会状況に、その被害の大きさはもちろんのことであるが、その後の日本社会のありようを思うと暗澹たる気持ちになる。
 それは戦前社会と現在があまりにも酷似しており、やがて破滅へと向かうのではないかと恐れるからだ。大戦後、日本は復興した。しかし、その代償はあまりにも大きい。その体験に何も学んでないのではと憂いを覚えるのである。
 戦前は、関東大震災が起こってから、不況になり、経済不安や社会不安のなかで汚職が相次ぎ、政治が機能しなくなった。軍部によるテロが相次ぎ、戦争へと向かった。
 現在も長引く不況に地震が起こり、福島の原発事故は、地方行政、地域社会をも組みこんだ政官財学の癒着構造を明白にした。政治が機能せず、政治不信が蔓延している。それに加えてテロへの不安、原発事故の放射能汚染の不安等の社会不安が高まり閉塞感に陥っている。
 そうした閉塞感から戦前は、軍部が主導し大政翼賛会等全体主義的となり、現在も民主と自民の大連立が画策されたり、橋下大阪市長らの地方の動きは、既存党のあまりのふがいなさに国民がなびき、やがて全体主義的なものへと変貌するのではないかと危惧する。
 その戦前、戦後の相似点で象徴的なものに「戦艦大和」と「原子力発電」があると考える。両者とも当時の科学の粋を極めて造られたがあえなく沈んだ。戦前は軍国主義で不敗神話。戦後は原発主義で安全神話と構造は同じである。
  「アメリカには勝てない」、「原子力に絶対安全はない」とわかっていながら、物事が何となくずるずると決まってしまい、やがて取り返しのつかないところまでいき、そして誰も責任をとらない。この無責任体質は相変わらずだ。 
 私たちは、戦艦大和が沈んだところで、よくよく学ぶべきであった。目先の利害損得に右往左往することなく、自然や歴史に謙虚でなければならないことを。今からでも遅くはない。先人たちから何を学び、教訓とすべきは何か。1人ひとりが真剣に考え、それを未来に生かさなければ、明日はないと思う。

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