中山亀太郎先生5年祭に参拝

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 昨日は中山亀太郎先生5年祭が、奥様が住まれている茨城県藤代市のご自宅で、小金井教会鈴木一嘉先生ご祭主、祭員に松戸教会鈴木宏政先生、取手教会清水利一郎先生により、滞りなく仕えられた。

 祭主挨拶で鈴木先生は、「中山先生二十歳の時、金光中学校の過程を終えられ、そのお礼にと芸備教会に参拝の折り、佐藤範雄先生から『何か記念に書け』との命に、『最も良き事には 神我と共に在(いま)す事也』と大書して、集まった人々を驚嘆させたということがあった。先生の小さい頃からのご苦労、ご努力はもとより、若干二十歳でこの内容を即座に書けるというのは、もともと宗教的素養があったと思わせていただく。
 そこで、30年以上の長きにわたり御用いただいた東京学生寮のこと、中山家の皆様のことはもとより、厳しき現代社会にあって悩み苦しんでいる若者、あるいは差別に苦しんでいる人々の上にも御霊の神様としてお働きいただきたい」と挨拶された。

 その後、会食の場が設けられ、中山和郎さんから東京学生寮が本年100周年を迎え、昨年の12月にはご本部で、寮友会主催の記念誌「笈を負う覚悟-綱領の精神 追悼 偉大なる徳者『中山亀太郎先生小伝』の刊行祝賀会と本年4月は小金井寮で創立100周年の開寮記念祭が仕えられたことをご紹介され、お礼の挨拶があった。

 不肖私、献杯の発声で、記念誌の付録につけられたCD(昭和57年関東教区学生大会時講話)「今学生に想うこと」の中で、先生が文学の道を目指したため英語を勉強せず、そのことで2回後悔したことがある。後悔は1回にとどめ、2回してはいけないこと。また先生が幼い頃から勉強したくてもできなかったことについて、今はお金に困っているわけでもないのにアルバイトに精を出し、本分の勉学が疎かになっていると現在のフリーターを暗示させることをすでに仰っており、学生たちを戒めている。
 現東京学生寮の学生たちがこのお話しを聞かせていただいて、非常に感動したとの声があったり、先生の著書である『運命を愛し、運命を生かす』を読みたいと本を借りにくる寮生がいることを紹介させていただき、東京学生寮と中山家のご発展を祈念して献杯させていただいた。

 その後和やかに懇談。92歳になる奥様も元気に参加され、いつも中山先生のお母様や中山先生のお話ばかりになってしまい、奥様のご苦労も並大抵のものではなかったと思わせていただき、寮生にかかってくる「電話応対」の大変さなど触れさせていただいた。和郎さんからも「近所からの苦情の電話もよくあった」と聞かせていただき、今さらながら大変なご無礼、ご迷惑に深くお詫び申し上げるようなことであった。

 今日は、東京学生寮7月の月例祭。改めて昨日のことを報告させていただき、ここからの寮展開を期してまいりたい。

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このページは、つっさんが2010年7月 4日 08:05に書いたブログ記事です。

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