歴史に学ぶということ

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 ご本部参拝の電車の中で久し振りに司馬遼太郎の『尻啖え孫一』を読んだ。主人公は今の和歌山県和歌浦付近の領主、雑賀孫一。本人は信仰がないが、石山本願寺に味方し、唯一織田信長を破った男で有名である。

 私は昔から司馬遼太郎の小説が大好きでほとんどの著書を読んだ。その最初が金光学園中学校時代、金光学園寄宿舎のご神殿の後ろに汚い本箱が置かれており、その一つの棚に整理もされず無造作に置かれていた『梟の城』という小説を読んだことが始まり。

 ここから『龍馬がゆく』、『坂の上の雲』等々どんどんはまっていき、勉強で唯一日本史だけが好きになった。もし、この本との出会いがなかったら、勉強はしないは、本も読まないはと、とんでもない人間になっていただろう。 

 そこから二十歳過ぎまでは、ただの歴史小説好きの歴史好きだったが、これは以前にもふれたと思うが、ご本部研修生時代、教学研究所で堀米庸三氏の『歴史を見る眼』をテキストとした勉強会から、さらに好きになった。とは言っても、歴史小説好き程度ではあるが。

 最近、NHKドラマ「坂の上の雲」の続編の放映が始まった。司馬史観といって賛否両論あるらしい。それは当然だ。これも以前、私は「過去は変えられる」と書いたように歴史も変わる。過去のすでに起こった出来事だが、その歴史は常に変化しており、つまりは過去のことですでに死んでいるものではなくて、現在でも生き生きと生きているのが歴史であると思うからだ。

 その生きている歴史を楽しみながら学び、未来に向けての立ちどころを定め、そして未来の宿命や運命を自らの手で選択していく真の自由を獲得していく。そこに歴史を学ぶ意義あると思う。

 ありがたいことに私が寄宿舎時代に本に出会ったように、娘は人と出会って歴史が好きになった。それは高校1年生の時の担任の先生が世界史の先生だったこと。大の中日ファンということもあり、また先生の世界史の授業はどの先生よりも教え方がうまいらしく、ほとんどの生徒が世界史好きになったそうだ。

 他の先生はただ教科書に添って教えるだけだが、その担任の先生は、教科書はほとんど使用せず、まずは最初に面白い話をして興味を引かせる。娘によると「聞いていて本当に楽しい」という。おそらくは、歴史を過去の知識としてはではなく、生きている歴史として、歴史を知恵として教えているのではと想像する。

 おかげで娘も大したことはないが、世界や日本社会を見る眼を少し持ち得たように思う。大きな話になるが、歴史を世界史や日本史にわけることなく、世界の歴史はこれも当然ながら空間的にも連続しているのであり、総合的な歴史を教える先生を国家的プロジェクトとして育ててほしい。

 紀州の雑賀孫一からとんだところに話が進んでしまったが、未来のためにぜひ必要なことと思う。

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このページは、つっさんが2011年12月15日 13:18に書いたブログ記事です。

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