
安全保障関連法案が衆議院特別委員会で可決されてしまった。これが成立してしまっても、集団的自衛権が行使されることなく、また他国の戦争を支援することのないよう祈るばかりである。
この法案の名称が、平和安全法制整備法や国際平和支援法としていることからして、全く戦前から今日まで同じことの繰り返し。国際平和支援法は、どう考えても他国の戦争兵站支援法であるし、集団的自衛権は「徒党的交戦権」と呼んだ方が正鵠を得ている。
集団的自衛権の行使であるから戦争ではない、平和のための戦争は戦争ではないは通用しない。満州事変や支那事変は自衛権の行使であるから「不戦条約」違反ではないとしたことと同じ。一体いつまで同じ過ちを繰り返すのか。
このたびの採決は、いくら国民が反対しようがそのうち忘れるだろうと舐められた結果である。だからこのまま通ってしまってもあきらめたり、忘れたりしてはいけない。おかげで民主主義の世の中、間違った法律はまた変えることができる。無力感と無関心が一番危ないのだ。
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安倍総理や保守系新聞の主張の根拠が「当然」、「当たり前」、「確信」といった言葉になっていることが多い。例えば、「国家に命を捧げた英霊を祀る靖国神社に、一国の総理が参拝するのは当然だ、世界の常識からいっても当たり前」との論調等である。
「当然」で「当たり前」なら、問題にはならないはず。当然でないから問題になっているのであって、これでは全く説明にも説得にもなっていない。
安保法制問題もしかり。衆院憲法調査会で3人の憲法学者が全て違憲と答えて、慌てて出てきた合憲派学者の西修氏。「国連憲章51条は、個別的自衛権と集団的自衛権を共に『固有の権利』と定めており、国家がその存立のために当然保有している」とここでも当然が出てくる。
さらに西氏は「日本は主権国家だ。主権国家に国際法上、当然に認められている集団的自衛権行使を認めないのは『日本は主権国家でない』ということか」と。
「固有の権利」かどうか?その成立過程(昨年の東京平和集会で触れました)からかなり疑問があるのだが、憲章には「国有の権利」と書かれているのでそれを当然国家が保有しているとして、その権利を認めないことがなぜ主権国家ではないということになるのか。
国連憲章を引き合いに出す主張は、「国連憲章で認められているのだから当然日本も行使できる権利だ」という。さらに「国連憲章が認めている権利を認めないのは背理だ」という主張になる。
しかし、自民党に推薦されたにもかかわらず「違憲」だと断言した長谷部恭男氏は、以前から「アイスクリームを食べる権利は誰にでもあるが、自分の健康のことを考えて食べないようにするは背理でない」と面白いたとえで説明している。
もう一つ日本人の多くが思い込んでいることに、「国連が決定したことは国連加盟国は従うのは当然だ」という受け止め方である。
例えば安保理の決定に加盟国は「受諾し且つ履行することに同意する」ことになっている(第25条)。安保理が決定する非軍事的な措置については、加盟国は例外なく受け入れ、実施しなければならない。
ただ、第43条3で「(前略)この協定は、安全保障理事会と加盟国群との間に締結され、且つ、署名国によって各自の憲法上の手続に従って批准されなければならない」とされており、軍事行動においては各国の憲法が優先となる。
つまり、集団的自衛権はあくまで権利であり義務ではない。ゆえに「保有するが行使しない」とする根拠はあるのだ。
次に安倍総理。国会で、アメリカの戦争に巻き込まれることは「絶対にあり得ません」、また何度も「私は合憲だ、安全だと確信しています」と述べた。これはいくら聞かされても信用できるわけがない。戦前の政治家や軍部の言動、いや戦後の「原発は絶対に安全です」と為政者が本当のことを言わないことは身に染みて経験している。
なぜ説明できないのか、もうみんな気付いている。つまり、本心では軽蔑し、変えようとしている憲法を認めた上で、法案の合憲性を説明しようとしているからだ。この大いなる自己欺瞞。また、自国の憲法を変えようとしている方々が国連憲章は絶対としている欺瞞に気がつかないのであろうか。
もちろん法律規範を不磨の大典として全く変えてはいけないとは言わない。しかし、国連憲章や日本国憲法に定めている武力不行使原則は、数々の悲劇的戦争を経験した人類が、国際社会がむき出しの暴力の世界にならないよう地道に努力に努力を重ねて築いてきた貴重な財産である。
その向かうべきところを示しているからこそ、今の現実に方向性が与えられるのである。そこをしっかり押さえた上での真に現実的議論が今こそ望まれていると思う。
マンガ「憲法改正ってなあに?」PDF
http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/pamphlet/kenoukaisei_manga_pamphlet.pdf
「自民党憲法改正推進本部」が改憲 PRマンガを出版しました。ツッコミところが満載で、最後まで読むことができませんでした。ネットではナンか読みにくいですね(^_^;)。
それにしても未だに「憲法押しつけ論」には驚きました。日本国の総理がついこの間アメリカに行って媚びを売り、いや失礼、アメリカを賞賛してきたばかりなのに・・・・・。
フランスの思想家ルソーは、「近代戦争は敗戦国の憲法を変えること」とかなり昔に喝破しています。日本国憲法も仰る通りでした。成立過程がどうのこうのとやっていますが、そもそも戦争に負けたのですから、押しつけられて当然なんです。
問題は中身。当時ほとんどの国民が歓迎して受け入れました。涙を飲んで嫌々押しつけられたのであれば、とうの昔に改正されているでしょう。また、これはすぐ後に出てきますが、アメリカ一国の考えで突然押しつけてきた内容ではないんです。
それから、アメリカが日本の無力化を図ったと言ってます。ハイ、これも仰る通りでしょう。日本の指導者や軍部はもう100%負けると分かっていながら、多大な出血を強いて奮戦敢闘よく戦いました。恐れるのは当然であります。
しかし、それもある一面なんです。無力化の象徴は憲法9条でしょう。次の条文を見てください。これは1928(昭和3年)にパリで締結された不戦条約の第1条です。
「締約国は、国際紛争解決のために戦争に訴えることを非難し、かつ、その相互の関係において国家政策の手段として戦争を放棄することを、その各々の人民の名において厳粛に宣言する。」
第一次世界大戦であまりに多くの犠牲者が出たために、人類は戦争違法化へと舵を切りました。何か似てませんでしょうか。そうです。日本国憲法第9条の原型ですね。
この憲法9条は世界に類をみないものとして、改憲派は改正して「普通の国」を目指し、護憲派は9条を世界に展開させようと主張します。ですが9条は国連憲章など国際法とあわせ見ると、別に特別な条文ではなくて、世界標準、グローバルスタンダードなんです。
国連憲章や9条がいう「武力不行使原則」は、悲惨な戦争を繰り返してきた人類が、地道にそして努力に努力を、苦労に苦労を重ねて作りだしたルールなんです。
これもまた確か自民党の石破さんたちがよく言っていたと思いますが、「小学生でも分かるように書かなければならない」と。これも「あのね」と言いたい。小学生でもすぐに分かるようだったら、とっくに世界平和は実現しているでしょう。
「分かりやすい」という風潮は以前から危険だと思っていました。つまり考えない。考えないから耳に心地よいワンフレーズで『だっー』と流される。白か黒かを決めてもらわないと落ち着かない。グレー、曖昧さに耐えられないから融通がきかない、辛抱仕切れない。こちらの方がよほど問題でしょう。
分かりやすいマンガだから『ダメだ』と言っているのではありません。私なんかは活字の本を読むより、なぜかマンガの方が疲れます。マンガも考えるきっかけとなり、そこからよく議論することは大切でしょう。いろんな立場からいいマンガが出るよう期待しています。私に才能があれば・・・・(^^;)。
第二次世界大戦後70年、分岐点にいることは間違いありません。7月19日に第33回金光教東京センター主催の東京平和集会が開催されます。ブログ一つ前の記事に詳細を載せてます。皆様ぜひご参加頂いて、一緒に考えましょう。

戦後も70年という月日を経て、戦争の悲惨さや平和の大切さが伝わらないとよく言われてきています。その原因は、戦争体験者が少なくなってきただけではなくて、その伝え方に問題があったのではないでしょうか。
戦後世代が、聞いているだけで受け継ぐという意識が希薄であったこと。そこでは戦争を絶対悪化し、戦争の本質や論理を問うことさえ放棄してしまい、結果自衛隊の肥大化も許してきました。まさに言葉だけの「戦争放棄」状態だからこそ戦争を直視し、本音、本当の言葉で戦争の記憶を語り継ぐ必要があり、参集者の皆様1人ひとりが語る主体となることを願っております。
以上のような問題意識から、下記の通り第33回金光教東京平和集会を開催しますので、是非ご参加くださいますようご案内申し上げます。
第33回金光教東京平和集会
戦後70年を迎えた今日では戦争体験者の高齢化が進み、戦争体験談を聞いたことがないという若者も6割にのぼっています。戦争の記憶を語り継ぐことが年々困難な状況となる中、戦争を「語り継がれる」側の一人ひとりは、次の世代に「語り継ぐ」決意を持って戦争の記憶を学んでゆく必要があるのではないでしょうか。
そのためには、現代社会に生きる私たちではあっても、今の社会論理で過去の戦争を語るのではなく、その当時その時代の人の味わった苛酷な状況を我が事と捉えながら、その声なき声に耳を傾け、その上で自分だったらどうするかを考えて、未来に向けた教訓とすることが大切です。
このたびの平和集会は、戦争を支えた論理や戦争の悲惨さを学び、金光大神の信心から平和の論理を確認することを通して、私たち一人ひとりが戦争の記憶を語り続け、世界真の平和を実現する主体となることを願って開催いたします。
テーマ 戦後70年 私たちが語ろう、戦争の記憶を!!
日 時 7月19日(日)11時~15時30分
場 所 金光教館(JR秋葉原駅下車 昭和通り口から徒歩3分)/千鳥ヶ淵戦没者墓苑
内 容
○大人のひろば
戦争を支える論理や戦争の悲しみをクイズや劇を通して改めて学んでいきます。その上で、金光大神の信心から平和の論理を確認し、私たち一人ひとりが戦争の記憶を語り続け、世界真の平和を実現する主体となることを願って開催します。
○子どものひろば
東京大空襲を題材にしたアニメの鑑賞や、戦時中の人たちが食べていたとされる乾パンなどを食べ、当時の人たちの思いに寄り添い、戦争の悲惨さや平和の大切さを学んでいき、自分たちに何ができるかを考えます。
○ランチミーティング(昼食をご持参ください)
○平和行進
金光教館から千鳥ヶ淵戦没者墓苑に向かって行進し、総氏子身上安全世界真の平和実現への熱い想いを発信します。老いも若きも一緒に行進しましょう。
(行進しやすい服装でご参加ください)
○戦争死者慰霊・平和祈願祭
不条理にも命を落とされた方々に思いを寄せ、お悼み申し上げるとともに、霊様方の声なき声に耳を傾け、その思いを引き受け改まり、世界真の平和実現を神様に願い、二度と同じ過ちを繰り返さないようお誓い申し上げます。
主催・金光教東京センター
〒113-0033
東京都文京区本郷2丁目17番11号
TEL(03)3818-6321 FAX(03)3818-6323
E-mail tokyo@konkokyo.or.jp URL http://www.konkokyo.or.jp/center/tokyo/

何とも痛ましい憎しみの連鎖が続き、暗澹たる気分の毎日である。どう対処すべきなのか。明日の過激派、テロリストたちは世界中にいる。いくら軍事力を持ってたたいても治まらない。まるでモグラたたきのように。
過激派の構成員たちは、金銭的困窮の中で働き場もなく、安易に原理主義に走り、兵士となる。この貧困→原理主義→過激派兵士の負の連鎖を断つためには生活支援や教育支援を根気よく続けていくしかない。
人間はいくらでも残酷になる。その悪魔性を表出する触媒は、臆病や憎悪の感情や間違った全能感だ。それは日常生活の恐怖と欠乏から来ていることは間違いない。まさに憲法前文の「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ」とあるこの恐怖と欠乏からの解放しかない。
日本は大戦の反省にたって「非軍事主義」をとった。これが国際社会での評価を得、中東諸国に親日国が多かった。この非軍事主義、反暴力主義を国是とし、安易な支援ではなく、過激派が利することのない真の人道支援が日本の果たすべき役割ではないか。
非軍事といいながらアメリカの軍事力に頼り、専守防衛と言いながら海外に自衛隊を出すという、非武装国家の振りをしている欺瞞的平和主義ではなく、また、「積極的平和主義」という名の軍事的貢献ではなく、非軍事・反暴力の「徹底的平和主義」をとり、一途に貢献している日本がやられたら世界が困るいう国になるべきではないかと思う。

自民党の高市早苗氏が政調会長時「ヘイトスピーチ」の規制策を国会周辺のデモにまで法的措置をとると発言し、内外からの強い批判にさらされすぐに撤回した。当然である。
国家権力はよほど気をつけなければ恣意的な支配が強化され、または腐敗し、時に暴走する。警察、軍隊という物理的な強制力を持っているがゆえに一般国民が異議を唱えることはかなり難しい。
がゆえに、その国家権力による不正や人権侵害などを糾す手段として、合法的に認められているのが非暴力行動の一つであるデモだ。それをヘイトスピーチと同列に扱うという行為は、物事を全く知らない不見識そのものではないか。
その高市氏が総務大臣として入閣し、権力を握った。権力を持つ政治家が一番国家権力の恐ろしさを知っておかなければならないと思う。

昨日開催された「解釈で憲法9条を壊すな実行委員会」主催のデモに参加したが、デモのさせ方自体に、あのイラク戦争反対デモの頃よりかなり厳しくなっているのを肌で感じる。また、行政施設での憲法や原発にかかわる集会受け入れ拒否や自粛ムードはかなり怪しい雰囲気になっているように感じる。
ものを壊すことはよくないことだが、戦争への道だけは壊さなければならない。いつか来た道を二度と通ることのないように。

7月20日(日)午前11時から午後3時30分まで、金光教館及び千鳥ヶ淵戦没者墓苑において、第32回金光教東京平和集会が「個別? 集団? 自衛権って何?」をテーマに開催され、約150人が参加した。

寮生の総合司会の進行で、まず、東光合唱団により「祈りの詩」が歌われ、続いて大人のひろばと子どものひろばに分かれて開催された。
大人のひろば

最初に私から、途中クイズの解答に手を挙げて答えて頂くため、その練習がてら「世界は平和で民主的であってほしい」と思っている方、「そのためには戦争はしてはならない」と思う方、「では、自分の国が攻められても戦争はしてはいけない」と思っている方に手を挙げてもらった。後になるほど悩ましい。ここに自衛権ということが浮上する。
次に、寮生のA君が、まず、集団的自衛権とは何か、どのような背景によって生まれてきたかについて、「①国連憲章と武力行使」、「②個別的自衛権と集団的自衛権」、「③国際法と国内法の関係」という3つのチャプターに分けて、クイズを交えながら説明した。
チャプター①では、国連憲章は国際紛争を非軍事的、平和的手段によって解決するのが第一義であり、あくまでも例外として「集団安全保障」と「自衛権」という2つの武力行使が認められていること。チャプター②では、集団的自衛権が憲章の成立過程で盛り込まれたのは、、アメリカによる、自分の仲間の国を守るための武力行使が安全保障理事会の拒否権に否定されないためのアイデアであったこと。そして、この権利が実際に行使された例は、ベトナム戦争のように大国による武力行使の正当化であったこと。チャプター③では、軍事的措置については、第43条によって各加盟国の憲法が優先されていると定められていることが提示された。

次に、新宿2丁目にある健全飲食店のママ(木本先生)とチーママ(山田先生)がマスター(阪本様)を挟んで議論するという寸劇をもった。「①集団的自衛権を行使するとどうなるの?」、「②他の国の戦争に巻き込まれるんじゃないの?」、「③憲法9条に違反するんじゃないの?」、「④徴兵制度が始まるんじゃないの?」との4つをポイントとしてそれぞれ賛成意見、反対意見を提示した。

最後にまとめとして、世界人類は戦争の歴史であり、戦争は同胞愛や家族愛、正義感という善意から始まるのも本質であり、世界は軍事的均衡、緊張、対立しているという現実ではある。しかし、同時に戦争を限定して防ぐ論である「正戦論」から「武力不行使原則」へと「武力によらない平和」を求めてきたこともまた現実であり、国連憲章は原則戦争を違法化し、あくまで例外として武力行使を認めている。
その1つである自衛権の根本は「殺されるから殺す」という論理であり、それは不正なものから命を守るという正義になる。しかしこの正義は、不正なものに必ず勝たなければならない。そのためには不正者以上に残酷にならざるを得ず、不正者以上に不正義になるという根本的矛盾がある。
大戦後、教団は「二度と戦争に協力しない」と再出発し、日々神前拝詞で「世界真の平和」を唱えている。このご神願成就のために「殺されない」人間の生き方、社会、文化の構築、すなわち「人代」から「神代」のあいよかけよの世界顕現が本教の使命ではないかと結んだ。
子どものひろば

戦争の悲惨さや平和の尊さを知って頂くための絵本の読み聞かせと、平和行進で使用する横断幕の色塗りをみんなで行った。





ランチミーティングの後、みんなで千鳥ヶ淵戦没者墓苑まで世界平和を願うシュプレヒコールと、英語、中国語、韓国語、日本語による平和へのアピール文を訴えながら行進した。約80人が参加した。その後千鳥ヶ淵戦没者墓苑で、寮生の藤原茜さん進行のもと「献水行事」、「平和のいのり」奉唱、「天地書附」を奉体し終了した。



今年も司会、プレゼン、受付、会場案内、場内整理、シュプレヒコール先唱、英語、中国語、韓国語等のアピール等々、寮生たちに大活躍頂いた。中でも大人のひろばでプレゼンした秋山君は、「池上彰よりわかりやすかった」、また学者さんやマスコミの方からもお褒めの言葉を頂いたり、さらに、単に反対の論陣を張っていないことから、あるところの「憲法9条の会」でも是非やってほしいと、もう大評判であった。万事のご都合お繰り合わせに深く感謝申し上げたい。
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集団的自衛権容認が閣議決定されます。いよいよ無関心ではいられない問題となりました。東京センターでは、来たる20日、午前11時から以下の通り第32回金光教東京平和集会を開催します。お誘い合わせの上、是非ご参加ください。
第32回金光教東京平和集会
日本の進路を左右するといわれる集団的自衛権の行使容認を巡る問題について、そもそも「自衛権」とは何か、それはどのような背景で生まれてきたのか、そして集団的自衛権の行使がなぜ必要なのか、あるいは必要ないのかについてそれぞれの意見を検証するとともに、今日の状況は世界人類が積み重ねてきた平和への取り組みの中でどう位置づけられるか、またこの問題を通して「戦争と平和」の問題を金光大神の信仰からどのように見ていけばいいかについて参加者と共々に考えてまいりたいと願っています。
テーマ 「個別? 集団? 自衛権って何?」
日 時 7月20日(日)午前11時から午後3時30分まで
場 所 金光教館(JR秋葉原駅下車 昭和通り口から徒歩3分)
内 容
・大人のひろば
平和ゼミナール形式で集団的自衛権を視点に、戦争と平和について考えます。
・子どものひろば
絵本の読み聞かせによって、戦争と平和について学ぶとともに、身の回りにある争い事について、なぜ起こるか起こらないようにするにはどのようにすればいいのかを考えます。また、平和行進で使用する横断幕を作成します。
・ランチミーティング(できれば昼食お弁当持参)
・平和行進(千鳥ヶ淵戦没者墓苑)
・御祈念
主 催 金光教東京センター
TEL 03-3818-6321 / FAX 03-3818-6323
URL http://www.konkokyo.or.jp/center/tokyo/