Home > 5月, 2005

憲法「改正」について 4 集団的自衛権

 最近やたらと集団的自衛権という言葉が出てくる。国家に備わった固有の権利であり、まるで人権と同じく、あたかも不変の自明の理のごとくいう人もいる。この集団的自衛権については、浅井基文著『集団的自衛権と日本国憲法』(集英社新書 2004.1.25第3刷刊)は、大変参考になるので是非一読願いたい。

 浅井氏は、「集団的自衛権の本質は、『他衛』であって、自衛ではありません。本質が他衛であるものを自衛というのは、根本的に無理があるのではないか」という。そして自衛あるいは自衛権そのもの、また、それが固有の権利とする理解も、国際政治や歴史の中で生まれてきたものであり、さらに、

 「つまり、歴史が変われば、自衛権についての考え方もさらに変わっていく可能性があるのです。国家に自衛権があるのは当然であり、その事については議論の余地はない、などと思いこむことだけは、さけなければなりません。国内社会の歴史的な発展の例が示すように、国際社会がさらに人道的な考慮を重視する世の中になれば、あるいは国家間の紛争を処理する国際的な仕組みができるようになれば、自衛権についての考え方も変わる可能性が大いにあるのです」と述べている。

 いずれにせよ、集団的自衛権を認めれば、アメリカの行う戦争へ参加せざるを得なくなることだけは知っておくべきだろう。

憲法「改正」について 3 本格参戦への道

 一昨日、昨日と見てきたように、憲法改正の真のねらいは、現実と憲法との矛盾解消にのみあるのではなく、れっきとした軍隊を持ち、いわゆる普通の国家になりたいのである。

 となるとどうなるか。それは、もし2001年当初に憲法が改正されていたらどうなっていたかを想像すればわかりやすい。このたびのイラク戦争は当初の理由からかけ離れ、アメリカの自衛のための「対テロ戦争」ということになっている。

 同盟国であるわが日本は、イラク・サマワへ国際貢献のための自衛隊派遣というようなお茶を濁したやり方ではなく、堂々と参戦し、日本人にも多くの犠牲者がでたであろう。当然その前のアフガニスタン攻撃も参加したであろう。

 戦争のそのほとんどは、「自衛」の名において始まっている。「対テロ戦争」という終わりなき戦争へと足を踏み入れてしまうことは必定なのである。

 北朝鮮脅威論を振りかざし、「助けてもらうのに、助けないのはおかしい」と集団的自衛権なるものを強調、あるいは、国際貢献や国際協力という聞こえのよい言葉を多発し、あたかもその方が現実的に安全であると主張しているが、実際は本格参戦への一番危険な道なのだ。

憲法「改正」について 2 最大の理由

“憲法「改正」について 2 最大の理由”,”「思うがままに」2005年5月5日”,” こんにち、衆参両院の憲法調査会報告や自民党新憲法試案要綱が次々と出されたが、条文化にはほど遠い段階にはある。しかし、着々と改憲に向けてことをすすめている。

 その「改正」の最大の理由は、アメリカの世界戦略、すなわち「アジア太平洋地域の軍事的な安全保障を日本に分担させる」ことに応じること。

 一方わが国の理由としては、「政治的に不安定なアジア・太平洋地域への日本企業の展開が、企業活動の自由や安全、権益の擁護のために、国家による政治的、軍事的バックアップの要請」をもたらしたことにある。

  こうして見ると、このたび出された自民党の新憲法起草委員会の要綱には、「自衛軍を保持する。自衛軍は国際の平和に寄与」と明確に軍隊と位置づけている理由がわかる。この軍隊への格上げの意味は、自衛隊を軍隊と呼ばない所以の海外に軍隊を出せない「専守防衛」を捨て、軍の海外展開をはかるための1点にあるのだ。(つづく)”,”no”,,”http://”,,,,”2005″,”5″,”5″,”tsujii7
“111

憲法「改正」について 1 国民意識

 各新聞の世論調査では、「改正の必要がある」と、「どちらかといえば改正の必要がある」をあわせると6割からと7割が必要と答えている。9条に限ってみても約5割弱が「改正の必要がある」と答えている。

 しかし、9条改正となるとまず自衛隊の国軍化、つまり軍隊への格上げを想定する人が多いと思うが、東京、朝日の調査では、「自衛隊の存在を明記する」ことへの賛成は多いが、「軍」としての明記は朝日で12パーセントと少ない。

 つまり多くの国民は、「現に自衛隊という軍事力を持っているのに、持ってないような振りをしているのはおかしい」と思っていることや、「外国の軍隊を駐留させ、戦争をやってもらい、いざというときに助けてもらう形になっている」ことに対しての負い目から「自衛隊の明記」という9条改正に賛成していると思う。

 しかし、実際に改正の事に当たる政治家の間では、その国民意識や考え方を遙かに越えているのだ。明日からくわしく見ていきたい。(つづく)

「9条実現」意見広告

 憲法記念日の今日、朝日新聞14面全面に、『9条実現』「憲法9条を変えることにみんなで反対しましょう」「改憲のための国民投票法案の成立をみんなで阻止しましょう」という意見広告が出されている。これは「市民の意見30の会」が広く一般に募金を呼びかける「市民意見広告運動」と呼ばれるもので、募金した方の名前が全員掲載されている。

 不肖私も「9」の字の強調文字になっている右下に名前が出ている。ものすごい小さな字で、老眼気味の私の目で必死でぎりぎり見える程度だが。金光教非戦・平和ネットで共に行動している女性で、大先輩信徒A・Sさんに教えてもらい今回初めて掲載された。

 今回は3200万円もの募金があり、朝日新聞と毎日新聞の全国版に掲載されたそうだ。また今日は、朝日新聞と東京新聞にそれぞれ電話世論調査の結果が出ており、7割程度が改正に賛成しているとのこと。しかしよく見ると決して政治家が、特に自民党や民主党の1部がねらっているような理由からではない。その点は朝日より東京新聞の方が丁寧にくわしく説明していたように思う。

 ここのところ多発している交通事故のことや絶好調中日のことなどプロ野球のことも書きたいが、やはりここ数日はこの憲法改正問題についてくわしく触れていきたい。

無事、帰京しました。

 今朝、無事夜行高速バスで帰りついた。あの壮絶な事故の後、東京センターのO先生と「こういう大きな事故の後は、なぜか同様の事故が多発するんだよね。気をつけないと」と話していた。

 ところが何と、そのO先生が通勤に使う特急がトラックとぶつかり脱線とのニュースが流れびっくりした。その夜にちょうど私が勝浦に帰るので「無事をよくお願いしてね」とお互いに言いあいながら分かれ、東京を後にした。

 勝浦に着いた日の午後のニュースで、高速艇が何かとぶつかり事故とのこと。電車から船になったかと思っていたら、夕方妻からの電話で、大阪発仙台行きの高速バスが横転、死者が3人も出たとのこと。思わず「えー」・・・・。

 何げに言っていたことがここまで当たるとは。特に横転したバスの内部の映像を見ると、いつも乗っているのと全く同じ。今回の帰京は、ものすごい大雨でいつもより緊張して寝付けなかった。

 「交通事故」という言葉を、「仕方ない」や「あきらめるしかない」という意味で使うことがよくある。そうした社会意識が交通事故を軽く扱う風潮を生みだしてきたのではないか。よほどの大事故でない限りにニュースにならない。交通事故の加害者が他の犯罪に比べて軽い処分になっていたことなどもそうだ。悲惨さ。無念さ。交通事故のもつ重みをないがしろにしてきたことへの反省が足りないのではと思いつつ、万事にご都合お繰り合わせを頂き、無事帰京した。

« Previous