3月の月例祭は、ご祭主に運営委員で赤羽教会長藤原務正先生を迎えて、滞りなく仕えられた。教話では自身の大学受験当時を振り返り、大要次のようにお話しされた。
「猛勉強の末の不合格という結果のお届けで『神様にお詫びを』と言われた。なぜと疑問に感じたが、浪人生活を経験して、神様が長い人生の困難を乗り越えていくための試練を与えてくれたと思うようになった。神様は逆にさほどの努力なしでも褒美をくださることもあるが、この時に簡単に合格していれば、その後に苦労が待っていたように思う。常に私たちのことを思ってくれている神様と二人三脚で充実した学生生活を送ってほしい」。
その後の送別会では、以下の写真のようにまず在寮生の代表からそれぞれ記念品を贈呈し、送る言葉を述べた。
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次に、思いでのスライドショーを鑑賞し、つづいて卒寮生のお礼の言葉があったが、もうみんな大泣きしているので、ここで写真に出すのは可哀想なのでやめておきたい。
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最後に、私と妻の主事も送る言葉を述べて終了した。今年の卒寮生は気仙沼ボランティアや沖縄遺骨収集で共に過ごすことが多く、M・Fさん、M・Oさんはすでに部屋を出、昨日もT・K君が退寮し、このとほか寂しい毎日を送っている。
いよいよ息子もいなくなることにはまだ実感がないが、それぞれ本当に幸せになってほしいと願っている。
早いもので本年息子が大学卒業、娘は高校卒業。今年のお正月、息子が突然「金光教学院入学も考えたが、自分には教会の経験が全くない。だから勝浦教会で一度修行しながら生活したい。そしてここ1年続けて来た介護の仕事も続けたい。ついては勝浦で就職する」と言ってきた。
正直、びっくりした。金光教学院に行くか、介護のアルバイトをしていた先に就職するかのどちらかだと思っていたからだ。ありがたいことに今のアルバイト先から残ってほしいと懇願されていたようだし、消防団の方や町会の会長や事務局長も再三にわたって東京に残ってほしいと私にまでもお願いに来られていたから。
学院については、仲の良い寮生仲間が今年学院を志願しており、気仙沼でのボランティアでも何人かの学院志願者と知り合いになり、志願している同級生も多い。いろいろな先生方からも勧められていた。あまりにも知っている人が多すぎるというのが影響しているのかと勝手に考えていたが、それは関係ないらしい。
ただ、勝浦で就職するといってもこのご時世、いくら田舎でも早く活動しなければと思い、早速父に相談して色々と知人を当たってもらった。おかげで一番教会に近い場所が募集していると紹介いただいたが、2週間ほど前に偶然、採用されなかった人もいることを聞き、やはりなかなか難しいのではと気をもんでいた。しかし、先日の1日に面接を受け、無事4月からの採用が決まった。ありがたいことである。
私は小学校6年まで勝浦で、その後はずっと岡山→東京→岡山→東京ともう40年近く外で生活しており、息子が逆に早く勝浦へ帰るという、いや勝浦へ行くと言うべきか、何か不思議な感じがする。母の御霊や勝浦教会信奉者関係の御霊の神様が導いてくれているのではと思う。
娘の方は「保育士」を目指して、白梅女子短期大学に合格させていただいた。兄と一緒で高校は結構遠かったが、大学は兄は自転車で5分、娘も自転車で通える距離と普通の人とは逆のおかげをいただいている。それぞれに頑張ってほしい。
また明日、東京学生寮は月例祭後に送別会を行う。今年度は息子も含めて7人が卒寮。大人数が旅立っていく。それぞれに新天地が決まっており、素晴らしい人生を送っていただきたい。
入寮者は留学生も含めて今のところ7人決まっている。ただ、姉妹での入寮者が計三組となり、家族寮に入ってもらうようなことからまだ空室があり、ここからの合格者の入寮者を期待している。
※最後は寮の宣伝になってしまいましたが、どうぞよろしくお願い申し上げます。沖縄遺骨収集体験記を予告しながら、そのようなことで現在、入退寮、受入準備等いろいろなことが重なり、今しばらくお待ちください。特に私が沖縄遺骨収集に参加するきっかけとなったT・Tさんすみません。m(_ _)m