3人の師匠

| コメント(0)

 このたび刊行された『神願を生きる』を読ませていただいた。これには昨年ご本部で開かれた、「教会長信行会」時に講話された3人の先生のその講話記録がおさめられている。その先生方がなんと私の人生上、信心の師と仰ぐお三方なのである。なんと恵まれた環境であったかと改めて感じ入っているが、それにもかかわず自身の信心がしゃんとしていないご無礼をわびつつご本を読ませていただいた。

 まず最初に出会ったのは、早川公明先生である。私が学院を終え、教務機関の職員を希望すべく「金光教研修生」の時、その間教学研究所に出向いての研修があった。そのときの指導教官が早川先生で、先生の研究室に最初に挨拶にいったとき、ところで「プロ野球のファンはある?」と聞かれ、「熱狂的中日ファン」ですと答えたら、先生が椅子から飛び上がってびっくりしながら喜んでくれたことを思い出す。また、先生の指示でお道のご本の読書ノートに取り組んだが、汚い字を本当によく読んでいただき、ご丁寧にも多くのコメントを書いてくださった。今でも宝物として時々読み返している。

 その後、本部教庁布教部に配属されて出会ったのが井手美知雄先生だ。先生にはもう書ききれないほどのことを教わった。それにもかかわらず受け継いだのはビールが好きということだけで申し訳ないことである。布教部での思い出は5時以降である。必ず何人かが丸テーブルを囲んで教務や信心談義になる。重要なことはほとんどここで決まるので毎回のように参加していた。実はビールが好きな話ではあるが。忘れられない思い出が山ほどある。

 次に出会ったのが和泉正一先生。金光教東京寮寮監として上京したときに同時に東京センターの嘱託として御用させていただき、その間次長として入ってこられた。実は私が大学生で寮生の時、その月例祭の教話講師でこられ、なぜかそのときの教話の内容を忘れずにずっと覚えていた。そのようなことで私の方からは一番最初に出会った方となる。先生は現在も東京センター所長であられ、先生の取次論や生神行のお話を承っている。時に教義的なことに関して挑発的な質問をぶつけられることがあり、返答に窮すことしばしばである。

 今後、先生方の信心の有り様をしっかりと身に受けさせていただき、次に伝えていきたい。が、なかなか和泉先生がいわれるところの天地書附の「一心」もできてないような信心内容であり、これから日々研鑽に励んでいきたい。

コメントする

2012年4月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

このブログ記事について

このページは、つっさんが2005年2月 5日 13:32に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「教会数」です。

次のブログ記事は「津波と人身売買」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カウンター

累計:
本日:
昨日: