本日、大戦後60年に当たる年の第1回平和集会企画会議が開催された。会議冒頭企画メンバーから長年行ってきた「千鳥が淵戦没者墓苑」での祈りの集会をなぜ取りやめたかについての説明が、参加者のところまで届いていないとの意見が出た。
長年参加してきた方にとって、何の説明もなく突然なくなったことにとまどいを覚えているようだ。企画員や実行委員会のところでは確認をとっていたつもりであったが、やはり不徹底だったことは否めない。ここで改めて確認しておきたい。
「千鳥が淵戦没者墓苑」は、太平洋戦争でなくなった身元が分からない無名の軍人や軍属が祀られており、民間人は祀られていない。まして外国人は当然祀られていない。一昨々年タイのプラティープさんを講師にお招きしたとき、侵略された側の方を侵略した側の軍人のお墓に参らせていいものだろうかとの問題提起があった。
プラティープさんは心の広い方で、全く問題にせず集会に参加していただいた。しかし、一昨年、ハワイや韓国の子供たちをお呼びしての平和集会を企画したときに、やはりその方たちを半強制的に参拝させるのは問題があるということで、千鳥が淵戦没者墓苑での祈りの集会をやめ、東京教会お広前での「平和祈願祭」に変わったのがそのいきさつである。
世界人類の助かりを願う金光教としては、賢明な変更だったと思う。しかし、それがなかなか周知徹底ができなかったことは反省しなければならない。黙ってついてこいではいよいよ平和的でない。そこのところをよくふまえた上で、これからの展開を期したい。
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