再び、原子力発電に思う

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 19日付『東京新聞』の「不適切な原発副読本」という記事によると、それぞれ小中学生向け教科書の副読本として「わくわく原子力ランド」、「チャレンジ!原子ワールド」が2009年に各小中学生に配布されている。その中身がまさに安全神話。

 「放射能物質を閉じ込めるため五重のかべを設けています。万一、事故発生という事態になっても周辺環境への放射性物質の放出を防止できるよう、何重にもわたる安全設計を行っています」。

 「大きな津波が遠くからおそってきたとしても、発電所の機能がそこなわれないよう設計しています。設計は『想定されることよりもさらに十分な余裕を持つ』」。なんと「想定外」まで言及しているのだ。

 「隠される放射能予測」との記事では、文部科学省の緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)と経済産業省原子力安全・保安院所管の緊急時対策支援システム(ERSS)の二つがあるが、両者ともこの情報を公表せず、自治体や国民は完全に蚊帳の外に置かれた。

 日頃は教育によって安全神話を植え付け、いざ事が起きたら隠蔽する。これまた戦前の体質と全く同じではないか。かつての大本営発表のように隠蔽どころか、情報を操作しているのではと疑う。 

 この原発問題も、昨年の金光教東京平和集会で取り上げた「ネセサリーコスト」、つまり必要経費として少数者の犠牲はやむをえない犠牲として構築されている社会構造やその考え方は、沖縄の基地問題に代表される平和の問題とも全く同一のものであろう。

 今でこそ日本中、いや世界中で問題となっているが、「喉元過ぎれば」結局現状がこうだから仕方ないと容認、肯定してしまい、次の事故まで忘れてしまう。現実は難しい、だからこそ、その社会構造や考え方そのものを少しでも変えようという発想くらいはできないものか。

 特に日本は原発は無理。少なくとも津波が予想される原発は即時停止すべきだと思う。そして代替エネルギー開発のための世界的規模でのプロジェクトを先導し、私たちはできるだけエネルギーを使わない生活へと努力すべきであろう。

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このページは、つっさんが2011年4月21日 17:59に書いたブログ記事です。

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