先日の21日、金光教東京センター3階ホールにおいて、「原発を考える」をテーマに「こんこう平和セミナー2012」が開催された。講師は、金光教岩代郡山教会長の橋長孝三郎師と水戸教会在籍輔教であり、(株)日立エンジニアリング・アンド・サービスで原子力関係に携わっている山本朝男氏の2人。参加者は39名であった。
内容の詳細は諸事情でここではアップできないので、要約のみ報告したい。
橋長先生は、福島原発から直線距離で60㎞にある教会で御用されている。目に見えず、臭いもなく、得たいのしれない放射能汚染の不安の中で生活している信徒の皆様の現状を報告。「起きてくることは全て神様のなさることで、『これだけのことが起きたのにまだ原発を使うのか』と神様が警告してくだっていると受け止めているとともに、『目が覚めてこそ今日がある』との感謝を忘れないことから、いかなる困難も乗り越えることができると、明日の不安を考える前に今できることに取り組んでいる」と述べられた。
続いて、山本氏は「就職当初から原発のあり方に疑問を感じながらも、仕事の中の平和実践として放射性廃棄物の問題解決に取り組んでいたが、最近の原子力推進という国策のなかで、法人認可のための安全解析を支援する仕事をしていた。その矢先にこの度の事故が起き、残念至極、責任も感じた。今回の事故は、国際的な原発再評価が始まろうとするまさにその時に冷水を浴びせかけた何か象徴的であり、文明の大きな転換期になると思う。これは世界人類のもっと大きな破局の前の神様からの警告であり、人類をよりよき方向性に導いて下さるためのお気づきを下さったと信じ、脱原発、反核に関わるなかで、選択のための正しい判断材料を提供し、また原発に携わった一人としての責任から、福島の皆さまの暮らしと自然の復興のお手伝いをさせて頂き、金光教の信心と祈りをベースに出来る限りのことを実践していきたい」と述べられた。
引き続いての質疑応答では、「津波か地震か」といった事故の原因や低線量被曝など放射能汚染の被害の影響等、命に関わる被曝の実態や安全基準の問題、「夏の電力は?」等のエネルギーの問題、経済や環境とのかかわり等についての質問が次々に出された。
今後の取り組みについては、安全基準一つとっても統一の見解がないなかで、実際に苦しみ、困っている人に具体的に手を差し伸べる行動の呼びかけや福島の自然が浄化される具体的なイメージを描き、福島の避難民を思い浮かべての祈りをパワーアップして、全信奉者が心一つに毎日御祈念すること等の意見が出された。
先日、毎年12月のご本部報徳祭時に開催している「世界平和を祈るつどい」の反省会を東京センターで開催した。このつどいは、金光教平和活動センターと金光教非戦・平和ネットの共催で開いている。
全国の平和グループの協賛を得ているが、企画会議等は東京の非戦・平和ネット及び有志が中心。今回も10人ほどが集まったが、昨年のつどいで福島原発問題を取り上げなかったことが反省の中心になった。
私自身も、10月に寮のご本部参拝時、広島南教会の神田照家先生のお話を承り、広島の原爆被害も福島の原発被害も全く別ものの問題ではなく、深くつながっているということを実感したし、沖縄の普天間問題もそう。
つまりは福島原発事故も、戦前、戦後とつづく日本の国家システムである犠牲の上に成り立っているという問題として、まさに平和、人権、差別の問題として取り組むべき問題であるからだ。
昨年は、非戦・平和ネットの運動を積極的に展開されていた膳師豊氏を亡くし、もし膳師さんがおられたら、おそらく原発を取り上げていたと思うし、「辻井君、すぐアピール文を書いて」と仰ったであろう。
今回はついつい甘えてしまった。「願いの言葉」を発表された関口さんに、「とりあえずは少し触れたらと」と下駄を預けてしまい、その後、協賛団体から共通理解を得る時間がないとの代表世話人の言に納得してしまった。
そこでではないが、昨年の平和集会時にも約束していたとおり、ここでは案内が全く遅くなって申しわけないが、明日21日14時から金光教東京センターにおいて、「こんこう平和セミナー」を下記アドレス・ちらしの通り開催。ぜひ、ご参加下さい。
http://www.konkokyo.or.jp/center/tokyo/genpatsu1.pdf (クリックして下さい)
昨日、22時20分羽田に到着、23時50分、バスで国分寺に到着、車で迎えに来てもらい、24時にちょうどに無事帰寮、万事のご都合お繰り合わせの中、今年も色々な物語が生まれ、一同貴重な経験を積ませていただきました。
明日から3月当初まで、東京センター教区委員会、東京学生寮運営委員会、金話研総会、平和活動プロジェクト会議、金光学園29期会、平和集会企画会議、サーティーズの会、東京学生寮送別会と続きます。そのようなことで、第38回沖縄遺骨収集体験記は、その中でボチボチ書かせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。
多くのありがたかったことの中で一つ先に紹介しますと、普通お土産はお菓子などを買って帰るところですが、今回参加した寮生たちは、自ら赴いた『ひめゆりの塔』の冊子を購入して、他の寮生たちに回覧したことです。こうして大切なことが少しでも周りに伝わってくことは嬉しいことであり、いろんな機会でまた話してもらいたいと願っています。
その参加した寮生一人の「ミクシィ」を娘が読んでおり、「私も行きたかったぁ、お父さんと言っていることが違う」と開口一番いわれ、ガクッと来ながらも本当に嬉しいことでありました。
「正戦」対「聖戦」が続く中、チュジニアに始まりエジプトの強権支配が崩壊し、革命の連鎖が始まろうとしている。何はともあれ、エジプト軍が同国民へ銃口を向けることなく、その高い規律性を維持したことは評価でき、犠牲者が多くでなかったことに安堵している。
これまでは多くの国々で、自国軍隊に自国民が殺されるという悲劇が繰り返されてきた。第二次大戦以降、戦争、紛争による犠牲者は2億人以上にも上り、その大半が自国軍隊に殺されたという説もある。その意味でエジプト人の高い見識に敬意を表したい。
ただ、難しいのはこれからである。「革命」といっても当面実権を握るのは軍である。軍をはじめ一般の諸勢力がとこまで協力しあえるか。近隣中東諸国はまだアメリカ・イスラエルを中心とする「正戦」グループとそれをよしとしないイランをはじめとするイスラム「聖戦」グループが対立する。
この有史以来といっていい対立が解けないことには、世界の平和もなく個人の幸福もない。確かにイスラム教の聖典コーランには、ムスリムの宗教的義務として聖戦(ジハード)が強調されている。「神の道において汝らに敵対する者と戦え」と。
しかしまた、「騒乱がなくなるまで、宗教が神のものになるまで彼らと戦え。だが、彼らがやめたなら、無法者は別として、敵意はすてねばならない」(中村廣治郎『イスラム教入門』より)とある。ここに平和への希望がある。多くのムスリムは、まさか全世界人民をすべてイスラム教の信者にしようとは思っていないだろう。
ソ連崩壊、東西ドイツの統合、2011年、年明けのエジプト政権瓦解、誰が予想し得たであろう。ところが起きてしまえばそれは必然である。南北朝鮮の統合、東アジア共同体などあり得ないと仰る。少し前は、ソ連崩壊もドイツ統一もあり得ないと仰っていた。しかし、起きた。
世界真の平和に向けて、一つひとつの必然が確実に積み重なるのだ。それを早めるのも人類の英知、ダメにするのも人間のあり方にかかっている。何とか中東が真の平和へと向かうよう願っている。
英国BBC放送が広島と長崎で原爆に遭遇した「二重被爆者」の故・山口彊(つとむ)さんを「世界一運が悪い男」と揶揄した映像を見たとき、強く憤りを感じた。昨年東京平和集会で指摘したように、やはり爆弾を落とす側は落とされた側で何があったのかを想像すらできないのだと。
すぐにコメントしたかったのだが、自分自身が相手を非難できる立場にあるのかどうか、恥ずかしながらこの方のことを私は知らなかったのである。ドキュメンタリー映画「二重被爆」や著書『ヒロシマ・ナガサキ二重被爆』という本も出されているにもかかわらずだ。
また、あの阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた時、その二つの事件に巻き込まれた方のことをマスコミや身近なところでも話題になったことがあった。もちろんその方のことを揶揄したのではなくて、「大変だったね」といたわりの気持ちであったと思うが、その奥には「運が悪い人」というような意味合いで話題にしているような感じもして、いやな気持ちになったことがある。
そのようなことでなかなかコメントすることができなかったが、山口さんの生き様を知るにつけ、この被爆体験は世界人類の大教訓としなければならないと改めて強く思った。イギリスの方にも今回の事件は世界に大恥をさらしたと反省してほしいし、原爆の下で何が起こっていたかを知ってほしい。世界は核廃絶に向けて努力し始めた。人類の良心に期待し、一歩でも世界真の平和へと近づくことを願っている。
またしても自爆テロが発生した。いかなる理由があろうとも、不特定多数を狙う行為は絶対に許されるものではない。このテロをいかに防ぐか。爆弾テロ事件が起きるたびに政府当局は、対テロ対策のためにセキュリティを強化、押さえ込みにかかるが防ぎ切れない。
アメリカの言語学者で、ベトナム戦争以降平和について世界に発信し続けているノーム・チョムスキーは、世界からテロを大幅に減らすことは、対テロ戦争に「参加しない」ことと述べている。構えたり、力で押さえ込もうとしても絶対に防げないと。
この発言の直後、チョムスキーの言った通り、世界最強のテロ対策セキュリティをしいていると言われたロンドンでも大規模な自爆テロが発生した。その後も紛争を抱える世界各地で報復の連鎖が続いている。
日本はまさに参加しないのが賢明であろう。そして巨大な力を持っている方が、何とか知恵を絞って共生の方向性に向かうよう提言ができる立場になれないか、期待しているところである。
作家の堤清二さんのペンネームは、なぜか辻井で、「辻井 喬」と名乗っている。昨年暮れに明治大学での講演会があり、著書のサイン会があった。その時になぜ辻井か聞いておけばよかったと今頃になって思っている。
その辻井喬さんは、日本国憲法の平和理念を非常に大事にされ、あちこちで講演をなさっている。《尖閣》問題は、日本の立場を鮮明にし、話し合いで外交的に解決する必要があり、その基本は平和憲法にあるという。
ところが、「マスコミはマスヒステリー的キャンペーンを張り、民衆は社会的同調圧力の中で自ら視野狭窄に陥っている」と指摘する。その中で「政治の劣化も甚だしく、独立国としての誇りをもって国家の針路を指し示す構想力を持ち得ていない」という。
そして、「偽のナショナリズムとは逆の方向で、日本文化の《伝統》を見直し、自主独立の文化を創り磨いていこう」と訴えている。
仰るとおりだと思う。どうも日本では平和というと、「反国家主義的日本嫌い」、「革新」、「組合」、「左翼」等々のイメージを持たれるが、それこそ日本の不幸だと思う。独立国の誇りをもって、日本文化を培い、世界に貢献する日本人として、閉塞した社会をみんなでこじ開けてまいりたいと願っている。
さっき届いた今朝の『朝日新聞』1面、「オバマ氏の広島・長崎訪問、米国での賛成51%」との記事があった。この数字をどう見るか。ともあれ半分以上「しない方がよい」の36%を上回ったのは、まずはと喜ばしいことだと思う。
記事は続いて、原爆投下については「やむを得なかった」55%、「間違いだった」34%だったが、「やむを得なかった」という人の中でみても、大統領の訪問は賛成が44%が反対39%を上回ったとある。
記憶が定かではないが、原爆投下について「やむを得なかった」と思う方はかなり減って、「間違いだった」と思う方が増えているのではと思う。アメリカと日本、あるいはアメリカ人と日本人という視点での歴史認識では、まさにこういう結果になっても仕方がない。
しかし、全人類としての歴史認識、未来へ向けての教訓とするならば、原爆投下はもちろんのこと、戦争は違法であり、悪であり、間違っているとの認識が全世界の人々の共通正義として共有していってもらいたい。
同新聞のトップ記事は、「新核軍縮条約発効へ」とある。オバマ米大統領には、世界平和に向けて頑張ってもらいたいし、是非とも広島、長崎へ来ていただきたい。さらにアメリカ国民の意識も変わるのではと期待している。