(再掲)相互監視社会
昨日は、テロの原因を除去しようとする姿勢をはじめから放棄していると述べたが、日本国内でも同様の問題がある。ここ数年の凶悪犯罪の続発から安全のための要求が強まった。わが町でも警察の指導で自治体や町会での防犯活動、パトロールが強化されている。
市と警察の連名で配付された寮周辺の地図には、もういくつあるかというように鬼の顔のマークが印刷されている。その1つひとつに番号が振られ、実際にあった様々な犯罪が列挙されいる。「本当かな」と思うとんでもないものもある。
この時に同時に防犯についてのアンケートがあった。私はこうした不安をあおるやり方は、「他人を見れば泥棒と思え」につながるのではないかと答えた。このままいくと「相互監視社会」といういやな言葉が本当になってしまうのではないかとの危惧からである。
私自身、正直に言っておちおち学校の近くや夜1人で歩きたくない。出会った他人をもしかして犯罪者ではないかと見てしまう心情と同時に、当然自分も他者からそう見られるのではないかとの不安がよぎる。これでは決して住みよい町とはいえない。
テロの恐怖に怯え、先制攻撃を仕掛ける現在の世界状況と、犯罪に怯え、警察力に頼り、軽微な犯罪の予兆段階でも容赦しない取り締まりの強化が図られる構造がよく似ている。安易な安全、安心への要求が逆にいつも不安に怯え、身構えなければならないという矛盾。よくよく考えなければならない。
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