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(再掲)戦闘的平和主義者

「私は平和主義者である。だが、ただの平和主義者ではない。戦闘的平和主義者である。自分が納得できないことのために戦争に赴いて死ぬより、自分の信ずるところにしたがって死ぬ方がよい」      アルバート・アインシュタイン
 (『ヒトはなぜ戦争をするのか?』ーアインシュタインとフロイトの往復書簡より)

 「私もこうなりたい」と心に強く響いてくる言葉である。「戦闘的」という表現が凄まじい。私たちの世代には、「闘う」とか「闘争」という言葉に違和感を持つ人が多い。今の時代、例えば革新政党や労働組合における「○○のために○○を勝ち取ろう」とか、「闘い抜くぞ」という表現が、平和を願っているのになぜ戦うのだという素朴な疑問がある。

 しかしこれらの言葉の背景には、平等とか差別とかの観念が全くない奴隷社会や封建社会から、血みどろの「闘争」を経て、今では普通となっている人間の権利を勝ち取ってきたという歴史がある。アインシュタインがフロイトに書簡を交わしたのは1932年。あのナチスが権力を握り、アメリカに亡命した前年である。余程ナチの脅威が差し迫っていたのであろう。

 そう思うと「戦闘的」という言葉もうなずける。ただ、後段の「戦争に赴いて死ぬより、自分の信ずるところにしたがって死ぬ方がよい」と、いずれにせよ死ぬ覚悟がある。これは「暴力に対して暴力で抵抗する」という意味ではなく、また逆に「無抵抗服従」でもなく、「抵抗不服従」の決意を示していると思う。ここをよく腹入れすれば、「勝ち取ろう」とか「闘い抜くぞ」というような空疎な言葉ではでないであろう。今後は、実質的な実行力ある平和へのアプローチがいよいよ必要であると痛感している。

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