憲法9条の新たな危機に抗して
金光教非戦・平和ネットのメーリングリストにすでに投稿しましたが、3月3日に九条の会主催の集会があります。私、その日は東京学生寮の月例祭・食事会があり、どうしても参加できず、どなた様かご都合がつけば、ぜひご参加賜れば幸いです。
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金光教非戦・平和ネットのメーリングリストにすでに投稿しましたが、3月3日に九条の会主催の集会があります。私、その日は東京学生寮の月例祭・食事会があり、どうしても参加できず、どなた様かご都合がつけば、ぜひご参加賜れば幸いです。
安倍首相が昨日の参院本会議での各党代表質問で、憲法9条について、「シビリアンコントロール(文民統制)の鉄則や憲法の平和主義、戦争放棄を変えるつもりはない」と言いながら、「自衛隊は国内では軍隊と呼ばれていないが、国際法上は軍隊として扱われている。このような矛盾を実態に合わせて解消することが必要だ」と憲法改正への意欲を示した。
戦争放棄を変えるつもりはないなら、9条を変える必要もないのではないか。国際法上の矛盾だけでは到底理由にはならないのでは。外国がみんな軍隊なのだからうちも軍隊にするという主張は、例えば自分の子どもが「友達がみんなスマホに買い換えてるからうちも換えようよ」という主張と同じではないか。ことはスマホでなく軍隊である。
自衛隊の軍隊化は時代の逆行だ。世界は二度の大戦を経て、その経験から戦争違法化へと向かってきた。憲法9条の精神は、1945(昭和20)年に突然生まれたのではなく、ましてやアメリカから押しつけられたものでもなく、私が生まれた1959(昭和34・立教100)年よりさらに30年前にさかのぼる1929(昭和4)年のパリ不戦条約第1条にその原型がある。
「 第1條
締約國ハ國際紛争解決ノ爲戰爭ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互關係ニ於テ國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳肅ニ宣言ス」
ところが、この条約を事実上初めて破ったのが何と日本なのである。1931(昭和6)年の満州事変、その後の上海事変、支那事変と宣戦布告なき武力発動を行った。「宣戦布告をしてないので戦争ではない。よって不戦条約に違反しない」との論理からである。だから「事変」と呼称した。
がゆえに、第2次大戦後の国連憲章では、戦争という言葉さえ使用せず、さらに厳しく「武力による威嚇又は武力の行使」も慎むべきとなり、その精神が憲法9条へ受け継がれたのである。
その戦争違法化への道程の中で、厳しい世界情勢によってやむなく自衛隊を置いているのがいまの現状であり、進むべきは軍縮、軍備撤廃による真の平和である。自衛隊の軍隊化は時代の逆行であり、国防軍への憲法改正は必要ない。
アルジェリア人質事件、多くの方が犠牲になってしまった。何とも痛恨の極みで、心からお悔やみ申し上げたい。外国で働く方、そのご家族の方を思うと本当に心配なこととお察し申し上げる。
日本の常識が世界の常識でないことはよくわかる。しかし私は日本の常識、つまりは人命第一主義が間違っているとは思わない。一人の命は地球よりも重いのである。
しかし、テロリストを野放しにすると、それこそ10万、20万の命が危ないという。今回は未曾有の事件にもかかわらず、数十人の犠牲ですんだのだ。仕方がないと。
これもつまりは人命の尊重であり、そのいのちの数の問題である。これは太古の昔から、サンデルの政治哲学ではないが、功利主義、リベラリズム、コミュニタリアニズムと徹底的に議論されてきて、結論は出ていない。
ただ、本当に「仕方がない」ですまされるのか。この視点は結局犠牲になった人の立場には立ってない。人間の一人ひとりの命を尊重しなければならないということは世界共通である。情報収集能力も危機管理も、もちろん大切ではあると思うが、世界はもっと真剣にテロリストの撲滅をあらゆる角度から検討しなければならないと思う。
かつて「臭い匂いは元からたたなきゃダメ」というCMがあったが、結局消臭スプレーをかけただけでは、永遠と臭いは無くならず、ずっとかけ続けなければならない。この台詞のように本当に元からたたなければ解決しない。
消臭スプレーはつまりは軍事力で抑え込むあり方である。この戦いは永遠と続くだろう。そうではなくて、争いやテロの原因そのものを元からたたなければ真の解決にはつながらない。例えば先進国による武器輸出を抑えるだけでも相当違ってくると思う。それこそ日本が率先して取り組むべき課題であろうと思う。
16日に起きたアルジェリア南東部での人質事件から4日経た現在も、事件の全容どころか邦人に犠牲者が出たのかどうかもわかっていない。人質に取られている邦人の家族や関係者の方々はいても立ったもいられないであろう。何とか全員無事であることを祈るばかりである。
卒寮生で石油プラントの技術者として、中東に出張を繰り返している子がいる。確かオーマンだったかイエメンの日本人誘拐事件の時だったか、そこから数十キロ離れたサウジアラビアにいたと聞いたことがある。湾岸戦争やイラク戦争の時も影響があったそうで、まさにいのちがけでの仕事である。
このたびの事件も様々な要素が絡み合っているようで、ただ、アルジェリア政府はあの米国をして「憂慮する」と言わしめたほどの速攻強攻策に出た。人命尊重を第一とする私たち日本人からすれば、理解できない対応だ。他の国々も一応は人命尊重の対応といってるが、日本とはかなり温度差がある。
こうした人質事件、テロリストと交渉し甘い顔を見せれば第2、第3の事件が起きる可能性が高くなり、突入を強行すれば犠牲者が出る。どう対応すればいいか、いつも同じ議論が繰り返される。そして相も変わらず、テロとの戦いを強調し、テロには屈しないとの大合唱だ。
もちろんこの問題は、テロの温床となる貧困や経済の問題だけではない歴史的、民族的、宗教的な問題も複雑に絡み合っているだろう。だからこそ、軍事力で押さえ込むだけではテロを撲滅できないこともまた歴史が証明している。
日本でもこうした事件が起きるたびに同じような議論が繰り返される。問題は人命尊重といいながら邦人救出などの体制ができてないところにある。つまりは自衛隊の問題である。かつてはPKOに始まり、近くはイラク戦争への自衛隊海外派遣問題である。
さっきフジテレビの番組にコメンテーターとして来ていた元官僚の経済評論家は、「普通の軍隊にすればいい」と発言していた。いよいよ憲法第9条の問題である。こうした事件が起きると、自衛隊を軍隊にした方がいいと勢いづく。しかし、少し乱暴ではないか。要は人命尊重のための邦人救出の問題である。自衛隊を軍隊にするというのは時代の逆行で、また、軍隊にすれば全て解決するという問題でもない。
向かう方向性は戦争やテロなき平和であり、武力によらない平和である。だからこそ人命尊重第1のあり方である。憲法9条は変えなくてもいい。いや、だからこそ9条が必要だと思う。大戦後この方ずっと戦争や紛争をしている普通の国にわざわざならなくてもいい。希有なる平和国家を誇るべきであると思う。
武力なき世界平和の方向性を見据えつつ、現代の問題に対応すべき体制、組織を構築し、即応できるようにすればいいと思う。何が何でも自衛隊の海外派遣はダメとは言わない。邦人救出は自衛の問題であるから自衛隊の中にその専門部隊を作っていいと思う。
さらには、警察、消防、海上保安庁、自衛隊等々を現在の問題に併せて総合的に改変し、人を殺す組織ではなく、人を助けるサンダーバード的部隊にしていけばいいと思う。
今年はS先生とY先生と3人でS車で参拝した。S先生は9日の祭典後に同期会があるので2泊3日の行程。「世界平和を祈るつどい」の準備のため、前日8日の午後3時にはご霊地に着いていなければならない。最初は夜中の3時か4時頃出ようと考えたいたが、結局10時出発となり、休憩して寝ながらゆっくり行こうとなった。
新宿で待ち合わせをして、10時予定通り出発。結局朝8時頃には着き、G教会控所で仮眠させて頂いた。が、ほとんど寝られなかった。お昼頃になって「つちや」で昼食。ご本部人事課等用事を済ませて、財務部等まわっていたら、外は吹雪になっている。
いまから掲示板を運んだりしなければならないのにと気分が完全に萎えてしまった。しかし、15時にはおさまり準備開始。いつもの年よりかなり寒い。修徳殿での会場準備や外に張り出す全教の平和活動記録写真の掲示板作りをした。
当日当つどいの直前に同じ場所で行われる信奉者集会の準備の御用してきた学院生5人のうち、女性1人をのぞいて後の男性4人は何と全て東京学生寮の出身。担当の本部教庁の女性の先生に「手伝ってもらっていい」とダメ元で頼んだら、何と快く引き受けてくれた。さすが中日ファン。(*^_^*)
大勢での作業ははかどり、予定より30分以上早く準備がすんだ。本当に寒い中を助かった。感謝、感謝である。
午後6時からは、学生会OB会役員会が土佐屋で開かれた。9名の参加であったが、今回は現役学生会をどう支援していくかについて話し合い、ご本部の学生会担当の先生が2人参加された。
何と先ほどの女性中日ファンの先生がその1人。OB会としてできうることは、いろんな既存の枠やしがらみなどを越えて積極的に支援していくことになった。私は母の実家にお世話らなるため定刻で帰ったが、光風館に止まる先生方が何と翌1時頃まで盛り上がったとのこと。年の割にみな元気である。
祭典当日の12時から「世界平和を祈るつどい」が開催され、何と今年は200人の参加を得た。昨年の倍以上か。「原子力発電問題を信心でどうとらえるか」というテーマをもって望んだが、なかなかの評判であった。詳細はまた落ち着いて報告したい。
布教功労者報徳祭に参拝。修徳殿片付け後、本日帰る先生方がまだ時間があるので神露に。超寒い中を熱燗を少し頂くが、全くもって酔わない。早々に引き上げ、私は親戚でもう一泊させてもらい、翌日朝10時に出発、昨日無事帰寮した。
先日の月例祭・食事会、久しぶりに私が祭主・教話の御用をさせていただいた。お祭りの後、「声なき声を聞いて、世界真の平和を!」と題してお話した。
まず、普通は「世界平和」と表現するのに、金光教は「世界真の平和」と「真」を加える。この表現は金光教だけである。その意味を皆さん方でそれぞれ考えながら聞いていただきたいとお願いした。
その上で、金光教の平和への信仰的原点、立ち処の根拠ともいうべき、以下の3つの教祖み教えを説明した。平和を考える上でいつも念頭におくもの、あるいは行き詰まった時、矛盾を感じる時、常にここに戻るべき原点である。
○天(あめ)が下の者はみな、神の氏子である。天が下に他人はない。
○天地金乃神のご神体は天地である。
○人間を軽く見るな。軽く見たらおかげはなし。
次に、なぜ日頃から戦争と平和について語るのか、また語らなければならないのか、について現在も戦争中であるという3点について紹介した。
1 日本は直接的には戦闘に加わってないが、イラク戦争は後方支援という間接的参戦であった。そして今も世界では戦争、紛争は続いている。
2 東京上空は米軍が占領中。ほとんどが米軍の空域であり、自衛隊が少し、民間機はそれよりも狭い。
3 1度戦争を始めれば50年や100年では終わらない。心身共に後遺症で苦しんでいる方はいまだにいる。
次に沖縄遺骨収集の写真を見て頂きながら、私の体験を話した。その中で一番いいたかったことについて、
ガマ(洞窟)の中から、ご遺骨はもとより、軍刀や軍服と一緒に出てきた薬品や注射器、そして手鏡や石けん箱、くしなど大量に眼前に現れ、民間の女性も共にここで亡くなったことを知った。
その時に沖縄では御霊様が黒アゲハ蝶に宿って戻ってくると言い伝えられており、その黒アゲハ蝶が眼前に現れ、私にこう言った。
「なぜ、人間は未だに殺し合いを続けているのですか。こんな悲しみはもう私たちで十分。お願いです。何とか平和な世の中に、平和な沖縄にして下さい」と。私はその声なき声を確かに聞いた。震えがとまらず、ただただその御霊様に力足らずで申し訳ないとお詫び申し上げた。
以上をいろんなエピソードを交えて話した。
次に世界真の平和について、まず一言で言うと 「分け隔てなく、分かち合うこと」。そして次の3つが世界の真の平和の真の内容となるのではないかと。
世界真の平和とは、
①遠くにある理想や目的ではなく、人間生活の前提であり、手段である。と同時に平和は希有なるものであり、深く感謝しつつ、時々刻々と創り上げていくものである。
②ある特定の人や集団の平和ではなく、天地全体とすべての1人ひとりの平和である。
③表層的に平和を唱えるのではなく、私たち人間の心の奥に巣くう暴力性を自覚し、常に自らを正当化しようとする無礼を詫び、改まり、他者の痛みをわが痛みと感じつつ願い、行動するところにある。
そして最後に沖縄遺骨収集を勧めている意味について、文字や映像など頭で考えるだけでなく、難儀の現場に実際に立ってみて、肌で感じ、体で体感しつつ、想像してみる。これは気仙沼ボランティアでも同じである。
亡くなられた方々は、生きたかったのである。生きたかったのに死んでしまった。もし、今声を出すことができたら私たちに何を語るだろうか。悔しい思いを一杯しているのではないか。「もし過ちがあったとするならば、私たちでもういい、あなたたちは同じ過ちを繰り返さないでほしい、私たちで十分だ」と。こう叫んでいるのではないか。
その声なき声を聞かせていただき、事実を忘れずに将来世代に伝え、教訓としていく責任がある。金光教人として世界真の平和実現への使命がある。そのための遺骨収集参加であり、ボランティア活動への参加であると思う。
大要、以上のことを話させていただいた。
引き続き、食事会では、寮生のY君がズワイガニを提供してくれ、食事会発のカニ鍋となり、舌鼓を打ち、懇親を深めた。
脱原発を目指す作家や学者が呼び掛けた「さようなら原発集会」が先日の13日(土)、東京都千代田区の日比谷公園で開催され、本教から4名が参加し、もう1人連合会の教師集会を終え、行進最終地点に駆けつけてくれた計5名であった。集会参加者全体は、主催者発表で6500人。
まず、ルポライターの鎌田慧さんの主催者挨拶に始まり。訴え1として哲学者の高橋哲哉東大大学院教授は「国や県、市などの行政は、国民を欺き、見捨て、外国人などの外部者を排除した。これはまさに戦前の国家体制と何ら変わらないあり方であり、これを糾していかなければならない」と訴えた。
また、「福島から」として、子ども福島ネットワークの森園かずえさんが、「まだ高線量のホットスポットがあちこちに存在する中で、子どもたちに御輿を担がせ、小雨の中をマラソン大会を実施して走らせている。行政も教育界もまるでもう問題が解決したようにとりつくっている。どう責任をとろうとしているのか。福島の子どもたちを守るため、是非協力してほしい」と訴えた。
続いて緊急アピールとして、「あさこハウス」の小笠原厚子さんが「全国の原発の再稼働、新規稼働を許してはならない」と訴えた。「あさこハウス」とは、青森県大間原子力発電所の建設の話が持ち上がってから35年。土地買収が進む中、最後まで土地を売らず、原発建設を阻止してきた熊谷あさ子さんがその土地にログハウスを建てて抵抗した。その後、不慮の事故で突然亡くなり、 娘の小笠原厚子さんが、「あさこハウス」と命名し、自転車で畑仕事に通い、太陽光発電パネルや風力発電設備を設置し、ライフラインがなくても将来移り住めるように整備を進めているというもの。
次に訴え2として、大江健三郎さんが、中国の思想家魯迅の言葉を紹介して脱原発を訴えた。「魯迅の言葉で私たちになじみのあるのは、『地上にはもともと道はない。歩く人が多くなれば、それが道となるのだ』というものであるが、これにはその前段がある。『希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えぬ』、その後に『地上にはもともと道はない。歩く人が多くなれば、それが道となるのだ』と続く。私たちが集まって行進をすれば、そこに大きな道ができる。それは希望をつくるということ。しっかり歩きましょう」と訴えた。
閉会の挨拶として、経済界では珍しく早々に脱原発を宣言した城南信用金庫理事長の吉原毅さんから挨拶があった。
その後、東京電力本店、銀座、東京駅とアピール行進し、常盤橋公園で解散した。
この前日の毎週金曜日に開催されている脱原発官邸前行動に、本教から3名が参加した。
昨日は、12月のご本部報徳祭時に修徳殿で毎年開催している「世界平和を祈るつどい」の企画会議が東京センターで開催された。このつどいは、金光教非戦平和ネットが中心に金光教平和活動センターの共催と10以上の団体の後援を得て開催している。
つどいの具体的な内容は、関東圏の非戦平和ネットのメンバーと、つどいの御用をして頂いている教信徒により決めている。昨日はテーマ、構成、アピールする内容などを検討した。
そのアピール内容について、ある後援団体から「是非原子力発電の問題を取り上げてほしい」旨のお願いがあった。非戦・平和ネットメンバーはいわゆる「脱原発」の考えではあるが、その根拠をどこにおくか、天地の道理など教義的に押さえるか、信心でとらえるか、あるいは一般常識的なところで押さえるか、侃々諤々と意見をたたかわせた。
ああ言えば、こう言う向きもあったが、金光教人らしいなあと改めて思ったのは、「私」や「我々」を高見におかず、相手の立場をなるだけ考えようとする姿勢である。
非戦・平和ネットは、ある望ましい価値を指向し、いわゆる政治的な問題を教内で恐らく一番扱っているように思う。そこには橋下維新の会ではないが、共通の価値観を持ったものが集まっているように思う。普通は一般では、例えば「脱原発」と言えば当然その方向性は決まり、どうそれを他の人に展開していくかを考える。
しかし、このグループはみんな金光教人である。その発想は、脱原発にも色々あるし、消極的容認派もいるし、推進派の人もいるから、そのみんなが助からなければならない、と考える。それ以前に、まずもってこれまで原発の電気のお世話になっておりながら、また、これまで全くといっていいほど無関心でありながら、急に原発反対はいかがなものかと。
ある若手の教師が「ここにいる人が全員が、はなから脱原発でいくなら私はここを退席する」と言い放った。正直、最初むっとして、思わずいらんことを言ってしまったが、内心「あっぱれ」と感心した。これでこそ真の平和のあり方であり、戦争にならないあり方だと。その場の雰囲気に流されて自分の意見を押し殺し、結果破滅に向かったのは先の戦争の教訓としなければならないところである。
この企画会議では、この原子力問題を脱原発、原発推進という対立構図としてとらえず、このたびの福島原発事故を受けて、まずはその現実をしっかりと直視する。そして、私たちの生き方に問題なかったか、反省する点、改めなければならない点はないかというところからアプローチしていき、金光大神様の信心を生きる金光教人として、まずはそのご無礼をおわび、生き方として改まっていこうということにした。
そこで次回の会議までに、ご無礼とお詫び、改まりについて具体的に文章化し、「脱原発」を掲げてのアピールではなくて、正直にこの企画会議で議論されたポイントをプリントして配布させて頂き、参集者の皆さまに一緒に考えてもらう方向はどうかということで終わった。
外部から見れば、一枚岩で当然のこととして、主張、行動しているように思われがちだが、毎回議論を重ねながら、正義の押しつけ、善意の押しつけにはならないよう十分に留意しつつ、しかし、主張すべきはできるだけ共感を得て頂く形で努力していると思う。
ただ、私は根が気が弱いもので、議論となると「弱い犬ほどよく吠える」というところのスピッツみたいにキャンキャン吠えているようになってしまい、相手をねじ伏せようとしてしまいがちになる。深く反省している。早急に改まっていかなければならないが、ついつい熱くなってしまうこと、他意はないのでご容赦願いたい。