第36回 沖縄遺骨収集奉仕参加 8 2009年1月
展望台から降りて京都の塔の方に向かうと、上記(写真1)にあるようなトーチカがあった。米軍の砲弾にやられたのか、前面のコンクリートがはぎ取られている。中に入って小さな穴からのぞくと、なるほどここから銃を構えていたのかと実感できる。(写真2・3)
現在は木々がうっそうとしており、眼下の視界はふさがれている。しかし、当時は米軍の艦砲射撃や火炎放射器で高台は焼き尽くされていたので、このトーチカから米軍をある程度は見えていたと思う。ここにいて死んでいった方のことを思うと、負けと分かっていながらよくぞ踏みとどまり、その若き命を捧げたことと敬意を表したい気持ちで一杯になった。
その後、嘉数高地から沖縄守備軍司令部がある首里城までの激戦地を廻りたかったが、同行の楠木先生は10歳の時以来の沖縄とのことであるから、やはり基本の沖縄県平和祈念資料館は押さえておくべきだと思い、一気に南下することにした。
そしてゆっくりと平和祈念資料館を見学し、併せてそこに併設されていた図書館に立ち寄った。平和に関する本や戦時中の部隊日誌等の資料を多く集めていることに感心した。とくに子供向けの本が充実しており、これが容易に手に取ることのできる図書館は全国どこを探してもないだろうとうらやましく思った。この図書館が近くにあったらいくらでも平和集会ができるなと。(つづく)
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