なぜ、沖縄にこだわるのか
なぜ過去の沖縄戦にこだわるのか。いま現在も戦争が行われ、不条理にも多くの人が亡くなられているのに。いや、だからこそこだわるのだ。戦争は1回起こしてしまうと60年そこらでは終わらない。ゆえにいま起こしている戦争は、後50年、100年終わらないのである。
戦争で亡くなられた方はもとより、家族をなくされた方、家を焼かれた方、肉体的、精神的に後遺症が残り、未だに苦しんでる方。戦争は1代、2代でそう簡単に終わらない。お隣の中国では、日本軍の毒ガス爆弾でなくなった方もいる。イラクでは何と劣化ウラン弾が使用された。この影響はいつまで続くであろうか。いったい何のための戦争なのか。
最近、大義、大義という言葉が頻繁に聞こえる。しかし、大義っていったい何なのか。大義があれば戦争をしてもいいのか。特に国会でこの言葉をいっている方たちは、この言葉をしっかりと定義しているのであろうか。言葉が踊り、現実を直視せずにずるずると世界の現状にながされるあり方は、「いつかきた道」ではないか。
沖縄戦の体験を過去の悪夢としてほうむりさることはできない。今日他の資料を調べるために訪れた図書館で「争点・沖縄戦の記憶」という本が目にとまった。さっと見ると平和祈念資料館を巡る史実の改ざんというテーマで書かれている。これだけ多くの犠牲者が出ている沖縄においても、またぞろ国家の論理がはびこってくるようだ。今は他に読まなければならない本がいっぱいあってすぐに読めないが、また報告したいと思う。
それはそうと「ひめゆりの塔」のとなりにある「ひめゆり平和祈念資料館」は、今年の4月に新しく生まれ変わるそうだ。語り部の方がだんだんにいなくなり、映像を駆使したり色々と工夫されるそうだ。皆様も一度は沖縄に足を運んでみたら。いいところですよ。
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