第31回 沖縄遺骨収集奉仕参加 4 2004年2月
4 やむなく摩文仁の丘に転進
2日目朝、林先生から昨日は相当西の方へ行きすぎていたとのことで、具志頭の海へ車で降り立ったところから今度は東側に展開することとなった。情報によると摩文仁の壕で出そうなので、もし人が足りなかったらすぐに戻ってくると約束して具志頭に向かった。私たち2班と5班併せて20数名は数人ずつに分かれ、一斉に頭上にそびえる岸壁目指して入った。
ところが、ここは昨日よりひどく、太い木の根っこが縦横無尽に生い茂り、行く手を阻む。やっとこさ登っていって、数少ない地表に降りれるところに行き、掘る。そしてまた木の根っ子の上を歩いて登り、掘る。そして大人1人が入って隠れることができる穴を見つけた。もしかして島田県知事が隠れていたところではないかと、そこを一生懸命掘るが堅くてなかなか掘れない。
眼下に声がしたので呼びかけると寮生のK君だ。そこで応援を頼み、どんどん掘ってもらった。しかし、何も出てこない。59年も経たのでその間に積もったであろう土砂が大穴の半分以上塞いでいるようにも見える。もし、そこまで根こそぎ掘ることができるなら必ず出てきそうな思いで一杯になる。
しかし、今もっている道具ではとうていそこまでは掘れない。やむなく場所をさらに上に移すと大石の上に出、ちょうど艦砲射撃をよけれそうなところに出た。これは間違いなくここにおられると、まずは掘りやすいようにその周りをK君とそして合流したF君で伐採しているときに、班長の「2班は摩文仁の壕に応援にいく」との声が聞こえた。まず班長のところまで行って現状を説明し、何人か残ることも検討してもらおうと、その方向にかすかに見える黄色いヘルメットを目指して斜め上に歩こうとするが、そこまで行くのが大変。男3人10メートルくらいのところを15分以上もかかってしまい、ようやくたどり着いた。そのようなことで、残念ではあるがやむなく摩文仁方面に転進した。