2004年11月アーカイブ

(28日のつづき)昼食を食べしばらくすると、ボランティアセンタースタッフから要請があった。被災者から要望があった作業内容、用意するもの、人数、時間、場所等が書かれたニーズ表をもとに説明を受ける。そして、国道117号を車で30分ほど山手に入ったところにあるひとり暮らしのAさんのお宅に向かった。

 Aさんは、東京にいるの息子さんところに避難しており、5日ほど前に帰ってきたとのこと。道路やガスも1週間ほど前に通ったばかりという。作業は散乱した食器や家具などを外に出すことと、あらかじめダンボールに入れて出されてあったものを取り出し、種分けする作業を行った。3時30分頃には終わり、非常に感謝されて引き揚げた。

 小学校に入った田林先生は5時30分頃になるとメールがあった。5時も過ぎるとあたりは真っ暗、ボランティア専用のテントスペースに行くと何と一対も張っていない。1週間程前は多くのテントがあったとのこと。やはり寒さで無理なのであろう。一応テントと寒さ対策のための毛布などを持ってきてはいたが、ボラセンのスタッフの「必ず早朝は雨が降る」との言や暗くなったこと、早朝は気温が5度以下が予想されることなどでテントはあきらめ、ネットであらかじめ調べていた湯沢にある一泊2000円の健康ランドで宿泊するとことにした。(つづく)

東京センター関係一泊出張

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 今日から東京センター関係の一泊出張のため、もうすぐ出ます。昨日の続きを朝書いていこう思いましたが時間がなくすみません。昨日は忘れており、今日の分を書いておけばと反省しております。

 一昨日の「新しい家族の形」と題した芹沢俊介氏の文化講座も素晴らしい内容で紹介したいし、昨日の恐らく最後になるであろう「第9回三宅島島民ふれあい集会」の様子もふれたいし、また、私が主査の「こんこう平和セミナー」報告も途中ですし、誠に申しわけございません。

 ぼちぼち書いていきますので今後ともどうぞよろしく。

 25日朝7時30分、車にテント、寒さ対策のための毛布などを乗せ、新潟に向かった。関越練馬に約1時間弱、小千谷市までそこから2時間半で10時30分頃到着した。一番最初にこの地域で地震があったことを知らせてくれるのは高速道路。小千谷の1つ手前の越後川口を過ぎてしばらくすると、道路が大きくうねり、気持ち悪くなるほどである。これで開通して大丈夫なのか。案の定これは帰りのことだが、その場所で大きな交通事故があり、へしゃげた車を横目に見ながら帰った。スピードを出すと危ない。

 小千谷市内に入ると建物は意外と被害を受けてないように見える。車も多く、すでに普通の日常生活に戻っているかのよう。しかし昨日も書いたが、近づいてみると相当の被害を被っているのが分かる。小千谷インターから5分ほどのところに大きな体育館が見え、となりに福祉センターがある。その駐車場に張られたテントの中にある小千谷市災害ボランティアセンターに入った。

 早速、受付で登録をし、名札をもらう。田林先生はすぐに仕事があるということで小学校の方へ向かった。私と荻野氏はしばらく待ってほしいとのこと。しかし、12時になってもないようなので先に持参したお弁当を食べ、また炊き出しのビーフシチューを頂いた。何もしてないうちからお世話になり、恐縮していた。後で分かったが、この日はついさっきまで雨が降っていたことと、受付をしたのが午前11時をまわっていたのが原因のようだ。ただ、受付は毎日9時から15時までやっている。(つづく)

(昨日は午後10時にセンター着、その後中央線が遅れ、小金井着が12時近くなったので26日の当欄もお休みしました。また今日はこれから東京センター主催の芹沢俊介氏文化講座があるのでいつもと違い、午前中の書き込みになりました)

 25日、26日と東京センターの田林先生、荻野先生ら3人で新潟県小千谷市のボランティア活動に参加してきた。これは首都圏フォーラムを中心に東京都連、東京センター等が協力し、信奉者のボランティア希望者に支援していくため、ボランティア活動内容、ボランティア専用宿泊地の有無や一般施設、テント生活の可否等の調査のため、実際に小千谷市ボランティアセンターが斡旋する活動に参加してきた。

 私と荻野先生は、1日目はひとり暮らしのおばあさん宅、2日目は療養中のご主人を抱えるご夫人宅に行かせて頂き、使い物にならなくなった食器や家具等を外に運び出し、ゴミに出せるよう分別の作業を行った。田林先生は1日目は託児や小学校での子どもへのケアー、2日目は家の片づけ等の手伝いをした。26日は、フォーラム事務局長の湯川先生も合流し、長岡教会へ訪問、被災状況を聞くと共に山古志村や長岡市におけるボランティア状況の調査を行った。

 雪対策で家が頑丈にできているためか、倒壊した家屋は少ない。一見すると日常の生活に戻り、落ち着きを取り戻しているかに見える。しかし、家に近づいてみると、天井は傾き、窓は破れ、家の中は壁はズレ落ち、家具が散乱。ようやく余震もおさまりつつあり、やっと家に帰ることができた方々の片づけが始まったばかりである。

 たった2日間で申し訳なかったが、天地の脅威に対する人間の無力さとそれに負けず生きていこうとする人間の強さ、またボランティアにきている人々の人間模様をみた貴重な体験をさせて頂いた。特に2日目に入ったお宅のご夫人は、10時頃入って3時過ぎまで作業中も休憩中もずっとしゃべりっぱなし。まだまだ地震のショックが続き、私たちに話すことでようやく精神の安定を保てているかのようであった。ボランティアの必要性は実際の作業はもとより、こうした人間と人間のふれあい、コミュニケーションも非常に大切な内容であることを痛感した。

 今後、新潟は雪に向かう。これから仮設住宅への引っ越しも始まる。まだまだ人では足りないが、小千谷市だけでひと頃土日で1000人、平日で500人ほどいたボランティアも現在だんだん減ってきているようだ。時間の都合のつく方はぜひとも現地に入って頂きたい。首都圏フォーラムでも正式に募集が始まると思う。行ける方は私か東京センターにご連絡頂ければ幸いである。詳しい内容は、今後また連載したい。

 今朝、夜行バスで帰京した。このたびは大祭の前々日、飼い犬の「りり」がいなくなった。庭に放し飼いにしているので首輪も鎖もしていない。準備で信者さんらが出入りするので、そのすきに外に出てしまったようだ。その日の午後にいなくなり、大祭前日の朝も帰ってこなかった。

 里彩は心配で心配でなかなか寝ることができない。結局朝にも帰ってこなかったので元気がない。午前中の調撰の御用の時は比較的元気だったが、終わってからいなくなったかと思ったら、犬小屋の前で泣いていた。

 一応警察に届けてあるし、犬は帰巣本能があるから必ず戻ってると言い聞かせた。ただ、「りり」の前に飼っていた「アトム」は、私の父が散歩中、手を振り切って車に突進、亡くなっている。一番心配なのは交通事故。捜しに行ってもまさかそう簡単には見つからないと思いながらも、昼を食べて少し見て回ってくることにした。
  
 正月に帰ったときにいつも散歩に連れて行く道をいくと、10分ほど歩いたところでふと右側の延びる道路の方を見ると、車がおかしな感じで急ブレーキをかけている。もしかしてと思ったら、「りり」のしっぽがかすかに見えた気がした。あわてて里彩と自転車で追いかけるとやっぱり「りり」であった。

 それからが大変な捕物帖。私たちに気がついてくれたが、てくてくとどんどん先に歩いていく。車なんかお構いなし。何台もとめてしまう。こちらも危ないのでなかなか捕まえることができない。ようやく先回りして捕まえたが、もう少し自由に遊び回りたかったのかもしれない。しかし、里彩の方は涙を流しながら喜んでいる。何事もなく本当に無事で何よりであった。そしてよく御用を手伝ったくれた。ありがたい経験であった。

 (明日25日、早朝から新潟県小千谷市にテント泊1泊の予定で、今後の長期にわたるボランティア体制を組むために、まずは、センター職員で一般のボランティアに参加しつつ、宿泊や仕事内容など様々なボランティアにかかわることについて調査してくることになりました。そのようなことで明日の「思うがままに」はお休みします)

こんこう平和セミナー 3

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 ノーム・チョムスキー氏は、イラク戦争の本質は、圧倒的軍事力を背景にして世界を支配しようとする米国の国家安全保障戦略のもと、石油利権をコントロールできる支配価値のある無防備な国を攻撃した見せしめ行動であり、この方向性は世界滅亡でしかないと指摘する。

 かつて読んだチョムスキー氏の本で、相手が行うテロをテロと呼び、自らが行うテロはテロではなくて、正義の戦争となるという。さらに聖書の偽善者についての有名な定義、すなわち「偽善者とは他人に対して自分が適用する基準を、自分自身に対しては適用しない人間のこと」と紹介し、この基準によれば、「対テロ戦争といわれるものに関するあらゆる論評や議論は、例外なく純粋な偽善である」という。

 さらに、世界からテロを大幅に減らす方法として、「1つの簡単な方法」があるという。それは対テロ戦争に「参加しないこと」と。日本はまさに逆へ逆へと向かっている。チョムスキー氏の素晴らしい見識に学ぶこと大である。昨日紹介がもれた『覇権か、生存か』-アメリカの世界戦略と人類の未来-集英社新書、『メディア・コントロール』集英社新書など、ぜひぜひお読み頂きたい。(つづく)

 (今日までに終わろうと予定していましたが、後まだもう少しつづきそうです。ただ、明日から23日の勝浦教会大祭のため帰省し、すぐに戻って25日、26日と新潟にボランティアに行ってきます。そのようなことで続きは先になりそうです。またまたご迷惑をおかけしますがお許し下さい。

こんこう平和セミナー 2

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 去る11月13日、「イラク戦争下の世界情勢から、戦争と平和について考える」と題する「こんこう平和セミナー」を開催した。大祭シーズン時期で15人と少なかったのが残念だが、内容はよかったと思う。今回は、「ノームチョムスキー・イラク後の世界を語る」と「アラブの人々から見た自衛隊イラク派兵」という2本のビデオを鑑賞の後、戦争と平和について懇談した。

 ノーム・チョムスキー氏は、1928年、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアに生まれ。ペンシルベニア大学で言語学を専攻。1950年代後半以降、生成変形文法理論の成果を次々と発表し、言語学の世界に革命をもたらした。その影響力は隣接諸科学の分野にも及び、哲学、認知科学、心理学、政治学など、広範な学問領域で顕著な業績を上げた。1988年、認知科学分野への貢献により京都賞(基礎科学分野)受賞。現在でもマサチューセッツ工科大学教授として研究を続ける言語学者だ。

 一方、1965年に米国が北ベトナムへの爆撃を開始する以前から、米国の外交政策に対する批判を開始。その作業は現在に至るまで続いており、とりわけ2001年「9月11日」の同時多発テロ事件以降、中東情勢と米軍のアフガニスタン爆撃に関する発言は世界の大きな注目を集め、インターネット上でもその見解が数多く紹介された。

 主要な言語学関係著作はもちろん、社会・政治に関する著作も多数あり、近著に、本映画の公式カタログでもある『ノーム・チョムスキー』(リトルモア/2002年)ほか、『アメリカの「人道的」軍事主義---コソボの教訓---』(現代企画室/2002年)、『チョムスキー、世界を語る』(トランスビュー/2002年9月)、『グローバリズムは世界を破壊する』『テロの帝国 アメリカ』(明石書店/2003年)などがある。(つづく)

 金光教東京寮前寮監中山亀太郎先生の白寿のお祝いに、卒寮生の有志が下記の通り呼びかけております。私たち旧東京寮寮生にとって、中山先生の存在は大なるものがあります。それぞれに当時の寮生活に多くの思い出と懐かしさがあろうかと思います。

電車の恐怖

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 今日は行きも帰りも電車が遅れ、何とも疲れた1日であった。帰り、御茶ノ水駅に行くと阿佐ヶ谷、荻窪間の線路故障で点検中。三鷹から先は折り返し運転をしているとのことで、総武線で三鷹まで行くようアナウンスが続いていた。

 駅に止まってる中央線で待つか、混雑するであろう総武線に乗るか。いつもならじっくり待つが、今日は女房の父が大阪から出てきているので総武線に乗った。案の定、一駅ごとに混んでくる。中央線の客が乗ってくるので四ツ谷駅ではもう尋常の混み方でない。こういうときにいらつくおじさんがいるので、よけいに気分が悪い。

 新宿手前で運転再開とのこと。ラッキーにも座ることができた。しかし、降りる人も多いが乗ってくる人も多く、またまたいっぱいになった。そして発進したと思った次の瞬間急停車。つり革を持ってないお客さんはそのまま将棋倒し。私は車両の端っこの3人駆けのところにいたが、となりの車両から連結部分を通り越して人がすっ飛んできた。 
 思わず「金光様 金光様」とお願いした。幸いに私の付近ではみんな大丈夫そうだったが、なかなか放送がかからなかったのをみると、他の車両でけが人が出て対応していたのだろう。これは電車に乗ったら必ずつり革に捕まっておかないと危ないなと思った。

 そして終点三鷹。中央線に乗り換えるとこれがまた余波で超満員。つり革に捕まるどころでない。もし、今急ブレーキがかかったらどうなるか。発進と同時のスピードが出てない時でもひっくり返るのにと恐怖におののきながら帰ってきた。明日からがまたおっくうである。"

交流は平和の素

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 中国原潜に対して海上警備行動が発令されたり、このところいやなニュースばかりの中で、「平和実感の村へ恩返しのメール」という久しぶりによい記事があった。

 山古志村で今年の8月に約2週間、「日本・イスラエル・パレスチナの学生会議」が開かれ、イスラエル6人、パレスチナ4人と日本人学生らが自炊しながら共同生活を送り、村の祭りや盆踊りにも参加し、交流を深めたとのこと。

 このたびの地震の情報を聞き、その時に参加したイスラエルとパレスチナの学生からも無事を願うメールが続々と到着。学生会議代表の国際基督教大学上川さんは、学園祭で集めた募金とともに、メールを翻訳し直接村側に伝えたそうだ。

 対立している両者を日本で結びつけるアイデアとその実行力に頭がさがる。日本はいろんなアイデアを出し合いながら、こうした平和貢献をどんどんしていけばいいと思う。東京寮においても各国の留学生を受け入れているが、対立から対話、そして共生の場となっていくことを願っている。

こんこう平和セミナー

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 本日,こんこう平和セミナーが開催された。その内容はまた追々報告するとして、いかに我々はこれまで受けてきた教育、今受けている情報に左右されているかということを思い知った。

 そして真の平和への道程は、他の悪ばかりを暴き立てるのではなく、自らが持つ悪性に気づくこと。自らが常に正義の立場にあるのではない自覚。わが意見を主張しながらも、常にそれが正しいかどうか自問自答しながら、自らの主張を磨くこと。

 その上で言いたいことは、軍事力では世界の問題は解決しないこと。非人間性を強いられる軍隊があるからこそ危険なこと。いのちを手段化しないこと。わが金光大神の信心からは、少なくともイラク開戦以来の10万人の死者を出してしまった戦争を正当化、あるいは仕方なかったとは絶対に言えないことをここで明確に言っておきたい。

怒り心頭

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 「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」との党首討論での小泉首相の言葉に、昨日は怒り心頭、この話題にふれるのも腹だたしかった。ところが今日の東京新聞朝刊を見ると、何と首相が「適切ないい答弁だった」と述べたとある。もういったい何を考えているのだ。

 イラクでは10万人の人々がすでに亡くなり、今も犠牲者が多く出ている。党首討論で、この発言の直後に議員が笑ったときには、「このアホどもが」と本気で怒ったが、この新聞記事にはもうものも言えない。何も遠くのイラクだけではい。今も地震や大雨で苦しんでいる人が数ある中で、力になりたくても何もできず、忸怩たる思いをしている人が何人いるか。

 自分のことはさておいて、人様のことを思い、真っ先に行動している若者たちを見るにつけ、今、この日本社会を引っ張っているリーダーたちのあまりの無節操さには呆れかえる。自衛隊が今イラクで何をしているか。中途半端な位置づけでイラクに送り、攻撃に怯え、宿営地にいることが精一杯で支援どころではないのである。そんなところでがんばっているより、全自衛隊を新潟および台風で被災した地域に投入すべきである。

「コンコウ」という読み方

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 紙幣の両替で銀行に行ったがカードを忘れ、久しぶりに窓口に行った。用紙に「金光教東京寮運営委員会委員長○○」と書く。窓口のお姉さんのほとんどは、最初の金光をどう読むかとまどい、間違ったり、最初をとばして委員長名で呼ばれたりする。

 ところが今日のお姉さん、初めて見る顔だが、何とすらっと「コンコウキョウトウキョウリョウ様」と呼んでくれたのだ。このように間違わずに読んでもらえるのは当たり前といえば当たり前だが、ことのほか嬉しかった。

 ご本部で御用していたとき、コンタクト関係で岡山市の目医者さんに行ったことがある。住所欄に書いた金光教男子独身寮を「きんこうきょう」ですかと聞かれた。金光町が近くにあるにもかかわらずである。これにはさすがにがっくりきた覚えがある。

 その町名もいよいよなくなってしまうかもしれない。私は「鴨方金光」か「金光鴨方」がベストだと思うが、どうも少ないみたい。やはり金光学園か金光大阪が甲子園に出て、決勝に進出するしかない。「祝金光大阪出場」の幟を掲げただけで、数人の近所の知らない人から声をかけられた。残念ながら1回戦で消えたが、決勝まで残れば一気に知れ渡るであろう。

さびれた温泉郷で・・・

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 先日、数人の友人とある会の帰りに「ひなびた」というより、「さびれた」温泉郷の日帰り温泉につかってきた。目映い紅葉から、日がだんだんに落ちて、夕日にさまよう紅葉へと色を変える中、ゆったりとした時間を過ごした。そして夕食にはまだ間があるので温泉街を歩くことにした。

 すっかり日が落ちたと行ってもまだ5時過ぎ。ところが人1人歩いてない。大きなビルのホテルも数軒あり、街角の看板から行くと、50軒以上のホテルや旅館があるにもかかわらずだ。ホテルの窓を見ると、灯りがぽつんぽつんとしかついていない。全くついてないと思ったらすでに閉鎖している大きなホテルもあった。温泉街に付き物の射的場やスナックなど、看板は残っているがほとんどシャッターが降りている。

 友人と「はやっている温泉とさびれた温泉とあるが、どこがどう違うのかな」と話しながら歩いた。ここは近くに名勝もある。紅葉も見事。私の里の勝浦温泉も名勝あり、名物もあるがもう何十軒も閉鎖していくホテルや旅館を見ている。いろいろと複合的な要因はあろうが、海外に旅行していた人々が国内に戻ったり、逆コースで都会の人が田舎に定住するなどいい兆候もある。

 そして何よりも、これは日本全体に言えると思うが、もっと外国からの観光客が呼べるよう、もっと開かれた国造りをしなければならない。国際化、国際化といいいながら国際機関や組織の数は欧米に比べて非常に少なく、もっともっと文化発信も必要だろう。国と地方が税金のぶんどりあいをしているが、ことはお金よりもっと企略、アイデアが大切だと思う。

最悪のイラク

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 小泉純一郎首相がイラク駐留米軍などによるファルージャ総攻撃について「成功させないといけない。治安の改善がイラク復興のカギですから」と、事実上の支持を表明してしまった。その理由として「テロリストグループが混乱させようと動いていますから」と指摘した。

 最悪である。もうすでに対テロ戦争に参加していたが、いよいよ泥沼。ますます敵をつくってしまい、イラクの自衛隊員、いや日本もやがて攻撃されのではないかと非常に危惧する。自分たちが行うのはテロではなくて正義の戦争、相手が行うテロのみがテロというのはアメリカの常套手段。

 ニカラグア、エルサルバドル、パナマなどで、自分たちになびく都合のいい政権に惜しげもなく援助し、力をつけてはむかってくると対テロ戦争と称してたたきつぶす。もう何年、世界中のあちこちでやってきたことか。あのビンラディンにもフセインにもアメリカは援助していたのである。

 残念ながらノーム・チョムスキー氏は「ジャーナリズムも学界も自国の行った残虐行為については調査研究は行わないという原則がある。自国以外が行った残虐行為については何人犠牲になったのか、その最後の1人まで分かる仕組みになっている。しかし自国のやったことについては、全く手掛かりさえない状態」と言う。多くのアメリカ人が自国の軍隊が世界でしてきた事実を知らないのである。

寮生募集のお願い

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 昨日は寮月例祭。寮運営委員の先生の教話、寮生感話、その後食事会を開いて在寮者間の交流を図っている。現在、日本人学生17人、留学生8人、機関職員1人の入寮者がいる。 

 しかし、このうち9人の日本人学生と数名の留学生が卒寮する。ここのところの入寮者が昨年2人、一昨年3人とだんだんに減少傾向にあり、正直言って来年はなかなか厳しい状況にある。

 創立94年の伝統ある寮。下記の「願い・精神」をもって運営させて頂いている。静かな環境で安心、寮生もみんないい子ばかり。信心や勉学の向上は間違いない。

 身近な方で上京予定のある方には、ぜひとも金光教東京寮をお勧め頂くよう、よろしくお願い申し上げます。

http://konko.org/tokyoryo/

抑うつ症状

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北海道大学の調査で、うつ病につながるリスクがある「抑うつ症状」が小学生の約8%、中学生の約23%見られることが分かった。23%とは驚異的な数字だ。

 こうした子どもたちは、「とても退屈」「何をしても楽しくない」に加え、「泣きたい気がする」「独りぼっち」などの悲哀感が強かったそうだ。自殺志向の有無を確認する質問では、「生きていて仕方ない」と感じることが「いつも」と「とぎどき」をあわせて18.8%もある。これも驚きだ。

 いよいよ面白くなくなって学校に行かなくなったいわゆる登校拒否の子が、雄生の通っている中学校でもクラスに1人、学校で3人程度いるそうだ。クラスで手紙を出したりはしているようだが、難しいらしい。

 やはり一番重要なのは親のあり方だ。子どもを育てることは単純ではない。どうも学校や先生任せにしたり、教育熱心な親でも、塾や家庭教師など、本質的に人にやらせているところに問題があるのではないか。まずは真剣に向き合い、何のために学校へいくのか、何のために勉強するのかということをそれぞれなりに教えていくことが必要だと思う。

塩梅

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この言葉の原点は、ご存じの通り料理の一番よい調味を整えることだ。梅干しに代表される塩と酢の調和。そこからあらゆる物事のつりあいをいい現している言葉で、私の一番好きな言葉の1つである。

 ここを腹入れすれば、すべてにうまくいくのではといつも思っている。世界平和にしても、国と国との関係にしても、職場関係にしても、夫婦関係にしても、親子関係にしてもそう。

 よくバランス関係とかタイミングとかいろいろ外来語を使ってしまうが、日本語には、「ほどあい」、「ころあい」、「よい加減」等いろいろある。「遅すぎない、早すぎない、大きすぎない、小さすぎない、重すぎない、軽くすぎない」、ちょうどいい。

 この万事に「お繰り合わせを頂く」。それが「あいよかけよ」のお道の信心の真髄。これを日々の生活に本当に現していくときに、おかげの証となり、すべての1人ひとりの助かる道が開けていくと確信する。

指揮者賞受賞

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 中学最後の文化祭合唱コンクールで、息子の雄生が念願の指揮者賞を受賞した。1クラス2曲で4クラス8人の指揮者の中から選ばれた。雄生のクラス3Cは、課題曲「大地讃頌」と自由曲「青葉の歌」で雄生は自由曲を指揮した。3年連続指揮に選ばれ、ようやっとの受賞である。

 昨年の同時期の「思うがままに」を読むと、とれたと思ったのにだめだったと親バカぶりを発揮しているが、またまたの親バカぶり失礼。選ばれたときには思わず「よっしゃ」とガッツポーズをしてしまい、一番後ろに座っていた雄生のところまで行って握手をしてしまった。

 感動したのは、前から雄生がこの歌は「歌詞を聴かすために選んだ」と言っていたことだ。ふーんとその時は気にとめなかったが、本番の司会者の説明で何と世界の平和を願う歌ということを知った。嬉しかった。作詞は小森香子、作曲は熊谷賢一という方で日本の歌。初めて聞いたが、涙が出た。

 ラーララララララ
  ラーラララーラララーラララ
きらめけ青葉よ
さわやかにそよげよ心よ
いつかきっとそんなふうに
明るい日ざしのような愛で
世界中をつなぐ日が
きっときっとやってくる
きらめけよ青葉よ
さわやかにそよげよ心よ

きらめけ青葉よ
手をのべてつかめ心を
いつかきっとこんなふうに
光が声になって燃えたち
世界中のみんなの手を
もっともっとかたく結ぶ
きらめけ青葉よ
手をのべてつかめ心を
  ラーララララララ
  ラーラララーラララーラララ

世界中をつなぐ日が
きっときっとやってくる
きらめけ青葉よ
手をのべてつかめ心を
心を 心を 心を 心を

ブッシュ大統領再選

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 選挙前、ケリー氏が当選しても今までと同じ、日本にとっては親日のブッシュ氏の方がいいとの声が多くあった。しかし、私はケリー氏が真に国際協調路線をしけば、いい方向に向くだろうと期待していた。ゆえに小差に見えて、ブッシュ大統領の完勝には残念至極。

 それにしてもかつての日本のように、都市層はリベラル派で民主ケリー、地方は保守派でブッシュ共和党と見事に分かれた。保守層の宗教や倫理のよき伝統を守ることは理解できる。しかしそれが、偏狭なユニテラリズム(一方的・単独行動)を支え、その方向に突き進むなら、対立が対立を生み、暴力の連鎖は続くだろう。

 アメリカ人の多くは世界を飛び回り、世界の情勢をよく知っているというイメージがある。ところが全く逆で、パスポート保有率はわずか14%。メディアも地方が主力で、世界の出来事や今イラクで起こっている真実をほとんど知らない。自国に都合のいい情報しか流れていないという。  

 東京センターから帰りの中央線の中、前の方のタブロイド新聞に「世界は落胆」、「暗闇の世界が続く」等の見出しが躍っていた。小泉首相は「同盟関係を一層強化して、力を合わせて世界の平和と繁栄のために努力したい」と述べた。もし、本当にそれを願うなら、ただアメリカに追随するだけでなく、反米を強めている国際社会を注視し、単独行動は世界のためにならないことを真剣に忠告して頂きたい。

楽天イーグルス発足

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 楽天イーグルスが発足した。何はともあれ、2リーグ制が維持できたことはよかった。田尾が監督、誠に重畳。しかし、楽天とライブドアー、こういう決め方がいいのかどうかはなはだ疑問に感じた。最初、まず1リーグ制ありきで動き出した野球機構側。強引な合併を画策して失敗したが、オリックス、近鉄の合併は引くに引けず押し通してしまった。

 最初の思惑がはずれたのに加え、一場事件の発覚などでその後の迷走は目を覆いたくなる。あのお歴々の能力のなさには呆れかえってしまった。今朝、新聞記事をコメントするテレビ番組で、ダイエーを創設した中内氏が話題になっていた。原点がすべてフィリピンでの戦争体験にあり、周囲を全く信用することができず、結果身内ばかりで固め、優秀な人材を手放したことが没落の最大原因とのこと。

 その息子がオーナー会議の中にいるからではないが、楽天が参入しても余程風穴を開けないと日本プロ野球は沈没するだろう。どなたかは、「野球は文化」だと言っていた。その通りと思う。野球は道である。「球けがれなく 道けわし」だ。何人も道をけがしてはいけない。もしかすると日本全体、いや世界全体が人材不足なのかもしれない。となると事は重大である。

寮祭と地震への心構え。

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 一昨日は本年度東京寮寮祭を開催した。かつては、寮前庭で近所の方々も巻き込み、大々的に開催していたが、一部の方からの苦情や隣接していた安川電気寮跡地に住宅が分譲されたことによって、ここのところは寮庭での開催を断念している。

 そこで最近ではオリエンテーリング、フィッシング大会、小金井公園でのスポーツ大会など外に出る催しと、自慢の料理大会やバーベーキュウなどを組み合わせてしている。今回はK寮長の尽力で小平市にあるフットサルコートを借りることができ、ミニサッカー大会で汗を流した。

 ただ、車では15分のところが国分寺から西武線で行くとかなりかかってしまい、第2部のバーベキュウの始まりが相当遅れた。だんだん暗くなってきて、K君に照明の用意がいると言われたとき、あちゃあと思った。結構準備が大変、前々から準備しておけばと。
 
 ただ、だんだんに慣れてきて、ことのほかすんなり行ったが、その時に地震で被災された方々のことが思い出された。炭の火や建物の蛍光灯の光があっても、材料が焼けているかどうか分からないのである。電気が止まったらと思うとぞっとした。

 そこでみんなに「地震が来たときのことを常に想定してほしい。私のいとこの長男が通っていた神戸商船大学の寮生たちは、地震直後に自分のことはさておき、つぶれた家屋の下にいる多くのいのちを助けるという素晴らしい初動行動をとった」と話し、そして「私たちも神戸の寮生たちを見習ろう」とお願いした。

 みんななかなか実感がわかないようだが、部屋の家具等の置き場所には結構気を使っているようだ。しかし、本当は寮前庭で寮祭を開催し、日頃から近所の方々と交流を持っておくことの方が大切ではあると思うが、一度警察を呼ばれたこともあり、なかなか難しいところである。

人質邦人殺害事件

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 香田さんが遺体で発見された。今回の場合、興味本位の安易な旅行での出来事。ご両親も息子さんのイラク入りを知らなかった。それだけによけいにご両親の心中を察するにあまりある。もちろん、何の罪もない一般人の青年を惨殺する卑劣な行為は許されるものではない。が、それ以上に何もできなかった自分自身や日本のあり方がはがゆくてしょうがない。 

 この問題は、10月28日付「思うがままに『イラク日本人人質事件』」にふれた。通信不良中の間で、データーは消え、見られなかった方もあると思うので、もう一度繰り返したい。その時、私は3つの危惧すべき問題を指摘した。

 1つは、撤退要求を直ちにはねつける「テロに屈しない」との反応だ。もっと何らかの対応の仕方があったのではないか。2つには、自己責任だから政府も国民も迷惑だということになり、問題の本質がみえなくなってしまうことだ。3つめに、次には国家やわれわれ国民のための犠牲は、崇高であり名誉となり、ますます人命尊重から人命軽視へと向かってしまうことだ。

 そして何よりも最大の問題は、「テロに屈しない」ではテロがなくならないということ。テロと闘ってないはずの自衛隊がテロと闘っていることになり、それが相手もそう思い、自分たちもそう思うのなら、12月14日に切れる自衛隊の派遣期限をもって撤収すべきである。

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