2004年12月アーカイブ

(再掲)紅葉

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 いよいよ秋本番。秋といえば紅葉、実は私、大学の頃は駒沢大学「とらべらあずくらぶ」なる軟弱なクラブに所属していた。これといって目的や思想もなく、周遊券を握りしめ、4日間は40人程度のメンバーが合宿、その後は周遊券有効期限、またはお金のつづく限り、好きな仲間少人数でただただ旅するクラブだった。

 景色を愛でるとか美味しいものを食べるとか歴史ゆかりの地を散策するとかこれといった目的はなく、それぞれが好き勝手に行き場所、寝場所を決め、合宿後は行き当たりばったりの旅であった。私自身は歴史が好きだったので、史跡や人物ゆかりの地をよくまわった。そのようなことで景色なんぞには全く興味がなかった。

 ところが数年前、群馬だったか栃木だったか、東京センター関係の研修会時、車で移動中、山たる山全体が赤と黄色に染まり、まさに息をのむような景色が眼前一杯に飛び込んできた。思わず腰を浮かして、しばらくの間じいっーと見とれていた。これが景色に興味を持った原体験だ。そういえば大学の時の旅は春と夏。人生半分損した気分だ。

 この紅葉のおかげで、日本語は「赤」を現す言葉が世界中で一番多いそうだ。確か昨年の秋にJR中央線内の広告に、紅葉した木々の写真が掲載され、その1つひとつに、赤色を現す言葉が出ていた。その言葉を調べようと思うのだが、調べ方が分からない。どなたかご存じの方はお教え下さい。

(再掲)再び巧妙詐欺

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 今日、わがホームページを見てくれたZ氏が、「気を付けたほうがいい」と警告してくれた。あれだけあからさまにすると私の親や妻がねらわれるとのことだ。帰りに、東京駅まで一緒だったA先生は、現実にいわゆる「オレオレ詐欺電話」を受けたという。

 これだけ個人情報をあからさまにすると必ずそれを利用して脅してくる人があるとのこと。確かに1年前、開設するときに大丈夫だろうかとの疑念はあった。特に子どもの全裸写真を公開したときはみんな心配してくれた。

 何かあるかなと思いながらも、幸いにして、全くその心配はなかった。掲示板にも特に変な書き込みも一度もない。もしかしてこれは奇跡に近いかもしれない。ただ、昨日まで述べてきたことと、このことがどうなるのか、とりあえずは両親に「引っかかるな」と電話をした方がいいかなと悶々しながら帰宅した。

 帰ってきてすぐ、娘の里彩がいきなり「オレオレ詐欺」のことをいうではないか。本当にびっくりした。前にも述べたが、朝一番で先生が話したことを報告しろと言いながら、見過ごしてきたことが、今日に限って里彩の方から「お父さん、聞いて」と始まった。

 「詐欺が4小の地区内にも、かかってきて、かけてきた人は小金井警察署のものだと名乗り、お宅の旦那さんが交通事故に遭ったといい、お金を出せという内容であった。それがなぜウソだと分かったのはその家の中に仕事がお休みだった旦那さんがいたからだ。それに普通は、お金を出せということは面と向かって決めることで、電話ではまずはあり得ないことだからです」(以上、原文里彩直接記載)

 何とも「同時性?」というのがあるのかどうか。今日のこの事柄は、昨日来の私の主張に絡んで、いよいよ問いを投げかけてくれていると思う。この悪循環の連鎖を食い止める言い知恵をまさにみんなで生み出していかなければと強く思う。

(再掲)相互監視社会

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 昨日は、テロの原因を除去しようとする姿勢をはじめから放棄していると述べたが、日本国内でも同様の問題がある。ここ数年の凶悪犯罪の続発から安全のための要求が強まった。わが町でも警察の指導で自治体や町会での防犯活動、パトロールが強化されている。

 市と警察の連名で配付された寮周辺の地図には、もういくつあるかというように鬼の顔のマークが印刷されている。その1つひとつに番号が振られ、実際にあった様々な犯罪が列挙されいる。「本当かな」と思うとんでもないものもある。

 この時に同時に防犯についてのアンケートがあった。私はこうした不安をあおるやり方は、「他人を見れば泥棒と思え」につながるのではないかと答えた。このままいくと「相互監視社会」といういやな言葉が本当になってしまうのではないかとの危惧からである。

 私自身、正直に言っておちおち学校の近くや夜1人で歩きたくない。出会った他人をもしかして犯罪者ではないかと見てしまう心情と同時に、当然自分も他者からそう見られるのではないかとの不安がよぎる。これでは決して住みよい町とはいえない。 

 テロの恐怖に怯え、先制攻撃を仕掛ける現在の世界状況と、犯罪に怯え、警察力に頼り、軽微な犯罪の予兆段階でも容赦しない取り締まりの強化が図られる構造がよく似ている。安易な安全、安心への要求が逆にいつも不安に怯え、身構えなければならないという矛盾。よくよく考えなければならない。

(再掲)「テロ警戒中」の看板

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 地球平和公共ネットワークのメーリングリストに恐ろしい情報がでている。田舎の町々の道路に「テロ警戒中」の看板があちこちに立てられているとのこと。

 朝日新聞の社会部記者も「こんな看板いっぱい出して、一般市民に『どうしろ』というのでしょうか?戦時中の『スパイはあなたの隣りにいる』という『防諜』キャンペーンを思い起こさせます。不安をあおり、監視社会にして、市民社会の自由を威嚇する行為でしょう」と憤り、取材のための情報提供を呼びかけている。

 また他のメンバーの方が国土交通省に電話したところによると、通達の出どころが「国土交通省大臣官房技術調査課」とのことだ。この看板設置はどういう意味があるのだろう。本気でねらわれたら、こんなもの何の役にも立たない。これはもう、やたらと恐怖心や不安をあおり、我々の方から警察力や軍事力に頼らざるを得ないように誘導し、強い国家、強い個人を目指しているのであろう。

 しかし、それは破滅への道である。その方向は今世界がはまっている報復の悪循環に巻き込まれること必定。国家にせよ、我々にせよやるべきことは、テロの原因を除去しようとする努力である。その姿勢をはじめから放棄しているのが真の問題なのである。

(再掲)続中日優勝

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 このたびもスポーツ新聞全紙購入した。82年、88年、99年とすべて持っている。今年は、オリンピックに1リーグ問題、イチローの話題でマスコミではあまり盛り上がってなかったが、今日の新聞は違った。あのスポーツ報知でさえ、ヤンキースの地区優勝があったにもかかわらず、トップから4面ぶち抜きの特集記事を組んでくれていた。

 今日のスポーツ紙すべてトップは落合優勝であったが、今日が優勝だったら青ざめるところであった。熱狂的中日ファンのイチローおめでとう。私は3、4年ぼちぼちの成績で日本に帰り、中日入団を密かに願っていた。しかし、ここまで活躍するとは、本当にすごいことをやってのけたものである。

 昨日は寮OBの中日ファンT君も駆けつけてくださり、スカパー!観戦。試合終了後も会見、ビールかけまですべて放映してくれた。おかげで今日はゲロゲロ。また、昨日からお祝いのメールを多数頂き、本当に感謝。99年の時よりも多い。

 それから今年の中日はひと味違う。それは優勝を決める前からその先の日本一を視野に入れた戦い方をしているということだ。これまでの中日はリーグ優勝でもう満足。燃え尽きてしまい、日本シリーズでは西武、ダイエーに一蹴されてしまった。今年は違う。リベンジだ。 

(再掲)中日ドラゴンズ優勝

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 欣喜雀躍! わが中日ドラゴンズが優勝した。シーズン当初まさか優勝するとは思っていなかった。自身の「思うがままに」を振り返ってみても、落合監督の力量、半信半疑であった。特にローズをみすみす巨人にもっていかれたのはどうかと正直思った。

 ローズのマイナス1が巨人にはプラス1となり、何もしないより倍の戦力差がでる。しかし、さすが落合監督、「野球は9人でしかできない」と全く意に介していなかった。つまりはローズがいくことによってブラスではなくて、チーム構成、チームワーク、メンタルな面などからもマイナス2にも、3にもなると密かに踏んでいたのだ。

 絶対的な必須の巨人の4番高橋は、自分より打つのが前にきて、それより打たなければならないプレッシャーに負けた。その高橋よりも上の実力のあるペタジーニ、同等レベルの江藤が試合に出られないことで死んでしまった。

 方や中日の4番。何と最初は候補7人いると豪語した。すべて2軍の選手。それは4番がいないと同じ事。結果は福留、アレックスと順当に活躍したが、高橋や英智、森などが出てきた。4番ばかりいるチームと4番がいないチーム面白かった。投手は絶対的にいいといわれているが、前監督の時から比べると大塚、ギャラードの2枚押さえが抜けて明らかに戦力ダウンだったのだ。

 ところが先発陣はもちろんのことバルデス、岡本、落合、岡本、平井、岩瀬とよく頑張った。これに左の小笠原、久本、長峰、高橋、山北といるのだから、ダウンしたといえども12球団1の陣容を誇っている。何せ負け試合に投げる投手がいないのだ。あえていえば遠藤くらいか。5月あの20点とられた試合を目の当たりにしたときくらいまでは、まだまだ落合監督の手腕はどうかといぶかっていた。

 「9人でしかできない」チームと「40人全員が戦っているチームとでは最初から勝負あったのではないか。

 それにしても昨日神宮球場に見に行ったが、通路たる通路が立錐の余地もなくなるほど満杯になった東京のファンの前で負けた。神宮は監督、選手が外に出るとき、3累側の外野席に向かって歩いてくる。囲んでいた報道陣がばらけ、そこからつかつかと出てきた落合監督が外野席向かって深々と頭を下げ、そして私がいるところ、さらに内野席にも一礼し、最後両手をあげてでていった。じーんときた。この人にきて頂いて本当に良かった。

 オレ流は「我流」ではなく、「道」踏まえた「オレ流」とみた。落合・中日ドラゴンズ本当におめでとう。次は、絶対に日本一だ!!!。

(再掲)泣き虫先生とツッパリ生徒

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 スクール・ウォーズという映画が公開中だ。この映画、今やラグビーで有名な京都伏見工業高校ラグビー部の物語。かつては京都一荒れていたという極悪高校ラグビー部、山口良治先生が赴任後、生徒との壮絶な闘いのなかで全国優勝へと導いていった実話である。

 その山口先生と寮生K君の父で京都市教育長がかつての同僚という。その関係で雄生も舞台あいさつのある試写会にお誘い頂いた。鑑賞後K君と山口先生は会う約束をしていたが、いろいろと忙しく携帯に電話をしてくれたそうだ。雄生も携帯に出させてもらって直接しゃべったとのこと。先生曰く、「甲子園を目指せ」と。

 この実話は、これまでも映画やドラマになっている。あのNHKの「プロジェクトX」でも取り上げられた。K君、早速に「泣き虫先生とツッパリ生徒」と題したプロジェクトXのDVDを貸してくれた。早速に見て、今日また子どもたちと2度見た。涙。ラグビー界のスターであった山口先生、本当につらかったと思う。「よくぞここまで」と敬服する。

 ラグビー部員の元番長がバイク事故で離脱しかけたとき、先生の見舞った言葉が「All For One  One For All」である。この言葉には、悶々としていた私自身の問題意識にもすごいヒントをもらった。「ツッパリ小畑」、「八坂の慎吾」、すごいやつがいたものだ。山口先生、雄生にいきなり「甲子園を目指せ」とおっしゃった意味が理解できたように思う。貴重な体験をありがとう。

「神は、人間を救い助けてやろうと思っておられ、このほかには何もないのであるから、人の身の上にけっして無駄事はなされない。信心しているがよい。みな末のおかげになる」

 ここ数日間。所用と称して当欄を休み、いつも楽しみにしてくださって皆様には大変失礼いたしました。ここでは詳しく書くことができませんが、前述のみ教えを痛いほど身にしみる経験をさせて頂きました。少し有頂天になってました。やはり神様はしっかりと見ておられます。

 私はこれまでこのみ教えを教話などで多用していました。しかし、それは人ごとであったり、観念的なところでの理解で話していました。実際に自分でもどうしようもない難儀に出くわすと、自身の無力とこれまでのあり方の反省で胸が張り裂けそうになりました。 
 
 その一つひとつを思い返すと本当に「知らずのご無礼」になっていたこともあり、身の震える思いであります。だんだんにおかげを蒙って参り、誠にありがたいことではありますが、ますます信心をさせて頂かなければと真に改まりの事柄を頂いております。ここからが正念場と言い聞かせている毎日であります。

 そのようなことで誠に申し訳ないことですが、年末年始、勝浦教会帰省等もあり、来年1月10日頃から再開したいと思います。今後ともどうぞ、ご指導の程、よろしくお願い申し上げます。

整理整頓

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 明日の金光教東京寮講演会のため、あちこちを掃除しているがやはり事務室の机回りががどうしても時間がかかる。書類や細々としたものがあまりに多い。結局適当な大きさのダンボール箱にどっと詰め込む。見た目には綺麗だが、何がどこにいったか分からない。後で人生探し物を探すために生まれてきたのではないかと思うほど往生する。

 そしてまたいつものように往生していると、あっと閃いた。「整理」「整頓」という同じ意味の2つの言葉がなぜあるのかということだ。私の場合は、整頓はしたが整理はされてない状況なのである。中学か高校の頃、ある本で平安時代の書道家「小野道風」は部屋はめちゃくちゃ汚いけれども、何がどこにあるかは頭のなかで分かっており、必要な資料は瞬時に出してきたという。
 
 つまり、小野道風は整頓はしていないが、整理はされていることになる。もちろん両方されているのがベストなので、やはり「整理整頓」と2つの単語が必要だったのだ。漢字というのは本当にすごい。同じような意味で表示や表現が違う言葉があれば、必ずそこに深い意味が隠されている。でなければ2つ作る必要がないからだ。漢字文化には素晴らしい奥深さがある。

無防備地域宣言

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 これは、ジュネーブ条約追加第1議定書(1977)59条にある「適当な当局」が宣言した無防備地域への相手国からの攻撃を禁じていることに根拠を持つ。宣言している都市に攻撃をしてはならないという法律だ。私はある本でこのことを知ってはいたが、単なる文章上のことで残念ながら現実には何の力もないものと思っていた。

 確かに自治体で「無防備地域宣言」を条例化した例はまだない。たとえ条例化したとしても実行力があるかどうかは分からない。また、これに似ている非核都市宣言という看板や横断幕はよく見る。しかし、これもなぜ武器排除というあらゆる武器を否定する宣言都市がなぜないのか。やはり平和と言っても形だけのものではないかと思っていた。

 しかし、何とこの「無防備地域宣言」を条例化しようとしている運動がある主な自治体が全国に14もあるそうだ。大阪市では署名6万人、小さな自治体では市長選に影響が出るほどの署名展開もあるようだ。ただ、15日に開かれた枚方市議会では、賛成2、反対8で否決された。今もし通せば日本一、いや世界で一番早い宣言都市になる。

 何ともこうした運動があることは頼もしい。完全に「右にならえ」で、仕方ない症候群や、疑問にも思わない無関心層が多いなかで、市民の不服従対抗意思を示す運動として注目される。小田実氏は「良心的軍事拒否国家」を目指すべきと主張している。これも同じ方向であろう。こうした運動が全国に澎湃とわき起こってくることを願っている。

血液型

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 人気の「血液型バラエティ」番組が問題となっている。東京新聞によると血液型を取り上げた番組は確認できるだけでも今年4月以降で約50本という。どれも視聴率が高い。しかし、NHKと民法でつくる第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)に苦情が多く寄せられているようだ。

 今春以降、「人権侵害。差別と偏見以外の何物でもない」、「血液型による差別やいじめが起こっている。視聴率獲得が優先され、倫理的問題が無視されている」などの苦情が150件もあった。BPO青少年委員会の原寿雄委員長は「一種のいじめまでおきている。社会常識のように血液型で性格判断できるという見方が流通している」と危惧している。

 私はこの記事を読み、かつて当欄でも安易に血液型のことを語り、人権感覚のなさを痛感した。なるほど血液型によって性格が決められ、何の根拠もない血液型によって性格を決められるのは不愉快。差別の問題は、なかなか差別を受けている人の気持ちを理解することが難しく、この程度はいいだろうと判断しがちである。しかし、これは自分自身の問題でなく、相手がどう思っているかという問題である。

東京寮寮生会役員会

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 今日は、金光教東京寮寮生会の役員会で寮講演会の準備会と東京寮瓦版編集会議をもった。今年の講演会は、寮在住の留学生を意識し、今後真の交流を図っていくために何が必要かという視点で、金光教ソウル活動センター角南浩氏を招いて開催する。

 世界でも有数な不安要因を持つ、この東アジア地域でいかに共生してくか今や重要な課題である。しかし、現政権はアメリカ一辺倒の外交政策をとっている。はたしてこれがいいのかどうか。大いに疑問のあるところである。

 東京寮もこれまで中国、韓国、マレーシアの国々の多くの留学生を受け入れているが、本当にいい人ばかりである。古きよき時代の日本人を彷彿とさせる勤勉で誠実で頭の低い方ばかりである。これまで例外がない。今後も本当に意味での交流を図ってまいりたい。

 その準備会で昨日のピースパレードで主催者が配付した「自衛隊のイラク撤退にあまり関心を持てない若者諸君へ」というチラシを配った。表面にアメリカ軍の死者数1260人とそのお墓の写真、裏面はイラク人10万人が殺害された記事が書かれている。見た瞬間寮生たちは一様に、え、「本当にこれだけ死んでいるの」という感想だ。これだけ情報過多の時代でしかし、肝心の情報は全く伝わってない。危険な世の中である。

自衛隊撤退アピールパレードに参加

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 本日夜、日比谷公園野外音楽堂において、「派兵1年、期限切れ。撤退させよう自衛隊 終わらせようイラク占領」とアピールする集会とピースパレードに参加してきた。今日14日は自衛隊イラク派兵の期限切れの日であるが、1年延長されてしまった。それに対する抗議の行進。全体で3000人、わが金光教関係者10人が参加した。 
 
 米軍は4月に続いて11月からイラク中部の都市ファルージャに無差別の総攻撃を行い、市は廃墟と化し、食料や医薬品の搬入も米軍によって阻止された。イラクの「赤新月社」(赤十字に対応する組織)の報告によると、市民の死者は6000人以上にのぼり、負傷者はその数倍にのぼっている。

 昨年のイラク戦争開始以後、イラクの市民の死者は、すでに10万人を超えている。殺されているのは決して「テロリスト」ではない。子供たちや女性・お年寄りの命が奪われているのだ。この愚考に日本は国家も国民も支持しているのである。同じ同盟国のイギリス国民の相当数もイラク占領に反対していると聞く。

 わが日本、今日の運動のあり方等、自らに反省すべき点が多々あると感じながら、ではどうしたらよいか。帰りの電車のなか、今日配付された「若者たちへ」という主催者のチラシを睨みつつ、ここからの展開を願い、呻吟しながら帰ってきた。

 来年は第2次大戦後60年を迎えます。そこで金光教東京センター社会活動部門を中心に、東京からと沖縄・九州から最低1人10キロ、ないし20キロを歩いて、たすきをつなごうという企画を計画しております。

 これは過去、現在にわたって不条理にも戦争で亡くなられた世界中の方々や苦しんでいる人々の痛み、また台風や地震などで苦難を強いられている人々の痛みを長い距離を歩くということでわが痛みとして感じ取らせて頂き、そして平和への祈りを強くし、さらにその祈りを社会にアピールしていくことを中心の願いとしています。

 期間は9月から布教功労者報徳祭までを予定しており、区間は教会から教会へとつないでまいりたい。たすきの変わりに大きな布に途中途中で平和へのメッセージを書いてもらいながらバトンしていき、最後は全体が署名で一杯になっていることを想定しています。
 
 ただ、これには予算も組織もなく、皆様の平和への祈りと情熱しか頼るところがありません。何とか実現させて頂きたいと昨日の修徳殿での「世界平和を祈る信奉者の集い」でも下記(ピースウォークをクリック)のチラシで案内させて頂いております。ぜひともご協力の程よろしくお願い申し上げます。


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布教功労者報徳祭に参拝 2

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 布教功労者報徳祭に参拝させて頂いた。前日の11日は汗ばむほどの陽気。「天下太平諸国成就 総氏子身上安全」の大幟を立てる鉄パイプをかけやで打ち込む作業に一苦労。夜は「つちや」で打ち合わせ後飲み会になる。知っている方が次々に入ってこられ、ビールを差し入れてくれるのでもうベロベロ。

 泊まりは倉敷なのでタクシーに乗ると、なぜか金光町のお偉いさんが乗っている。きゃーまだ飲みに行くんだと思ってももう遅い。20年くらいぶりに玉島のダンへ行った。何と全然変わっていないママさんがいたのでびっくり。

 祭典当日の今日は、うってかわって曇り空で寒い。教主金光様ご祭主のもとで麗しく仕えられた。その間輔教の任命式あり、わが現役東京寮生が2人も任命された。参拝のしおりの中で名前が発見したとき、本当に嬉しかった。

 それに先立つ12時からは私たち金光教非戦・平和ネットと金光教平和活動センターの共同主催で「世界平和を祈る信奉者集会」が開催され、約150人の参加者があった。それからこのたび前記2団体共同デスクで『せんそうはやめてください』が出版された。私と息子、娘も投稿しているのでぜひお読みください。(ただ、教会配付分は、息子、娘の分が脱落している)

布教功労者報徳祭に参拝

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(昨日は「千と千尋の神隠し」を見ていたら途中で寝てしまい、夜中気がつき書き込んだため、誤字脱字失礼。また、今日はこれからご本部参拝。変な時間帯の書き込み失礼)

 今日は、羽田10時のフライトで、布教功労者報徳祭に参拝させて頂く。下記(非戦・平和MLより転載)の行事がありますのでぜひご参加ください。

 私、13日は東京センターで「平和協議会」があり、「現場の教義を求める会」に出席できません。出られた方はまたご様子をお聞かせ下さい。

 平和を希求した平和国家日本は一体どうなってしまうのだろう。自衛隊のイラク派遣延長、武器輸出三原則の緩和、歴代内閣が戦後平和国家の国是としてきた原則が、国会審議も尽くさず、国民への説明もなしで次々乗り越えられ、今日発表された防衛大綱はいよいよ米国と一体になって戦争へと突き進むものと言っていい。

 そして、そのあらわれの1つである武器輸出三原則の変更は、国際的な先端兵器の共同開発に乗り遅れたくないという経済界の圧力に押されてのことである。しかしよく考えてもらいたい。要するに人殺しの道具で金儲けをしようとしているのだ。人間はどこまでおろかなのだろう。たかだか60年で早くも痛みを忘れ、強欲のために戦争へと戦争へと舵をきっている。

 そして最も恐ろしいことは、北朝鮮による拉致事件で、排外的気分が高まっているタイミングを狙い、世論を利用して重要政策が変更されていることだ。結局いつも犠牲になるのは、力もなき、名もなきものたちである。脅威対抗ではすべての1人ひとりの平和はない。当然北朝鮮、中国、アメリカの為政者も知るべしである。その最先端を行こうとしていた日本が後退することは、世界にとっても不幸である。

スポーツマンの相次ぐ不祥事

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 またまた何ともいかがわしい不祥事が起きた。それも武蔵小金井で。私はその日は事件直後の時間帯に電車に乗った。まだまだ結構混んでいる。亜細亜大学は東京寮から近く今も亜細亜大生がいる。何とも困ったことをしでかしてくれたものだ。それも先日の国士舘大学サッカー部員の事件が起きたばかりなのに、今度は名門硬式野球部だ。

 1流中の1流。ホワイトソックスの高津や巨人の木佐貫、中日の井端も亜細亜出身である。容疑者らの中には広島商やPL学園で甲子園で活躍しているものもいる。こんなばかげたことで将来を台無しにするなんて、親御さんの気持ちを思うと何ともいたたまれない。あまりにも多くの人に悪影響を与えてしまった。

 うちも息子が野球、娘がサッカーをやっている。小5の娘が何をしたのとしつこく聞いてくるが強姦や強制わいせつ罪をどうやって説明していいやら。もはやスポーツマンシップもへったくれもない。私は前々から言っているが、やはり単なるスポーツではなくて、野球道、つまり道としての精神を教えなければならない。

披露宴

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 今日は友人の結婚式披露宴に出席した。いい披露宴であった。御用がら恐らく普通の方よりは多くの結婚式に出席していると思う。毎回出るたびに皆様のお話を聞かせて頂き、自身の心も改めさせられる。

 ここ20数年、だいたい形式はほとんど同じ。ここのところに来て2回ほど人前結婚式というものも経験したが、形としてはそう変わらない。ただ、当然のことながらその中身はそれぞれに味があり、何ともいえない趣がそれぞれにある。

 しかし、詳しくはかけないが、中には披露宴ですでに離婚が予感されたものもあった。予感されたというより、離婚してからなるほどすでに伏線があったというべきか。後にも先にもない本当に面白い(すみません)披露宴だった。いろいろある。

 何はともあれ、自分自身の時のことをやはり思い返す。ご祝辞を頂いた先生が、すでにふたりも若くして亡くなられた。今現在の私たちを見て頂けないのが、何ともさみしい限りであるが、そのお言葉を改めてかみしめ、原点の大切さを自身に言い聞かせている。

親バカ

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 昨日、日本橋小町様に子煩悩か親バカかとコメント頂いたが、私は自分のことをつくづく親バカだなと思う。で、私の父親も親バカだった。今でも勝浦に帰るとよく喧嘩しているが、今から思い返してみると、親バカぶりに対していやな態度を示していたが、内心は嬉しかったのだ。

 子供らはどう思ってるか分からないが、活躍して得意げにしている顔を見るとき、本当に幸せを感じる。それをまた月例祭後の食事会の時に寮生たちに自慢しても、結構まんざらでもない顔をしているので嬉しいんだろう。息子の方は、小学校高学年から中学校にかけての一時期、早々と部屋に帰っていたが、最近はまたなじんでいる。

 共に喜ぶと喜びは2倍、共に苦しめば苦しみは半分という言葉を聞いたことがあるが、それこそが家庭や家族の存在意義であろう。ところがどうしたことか、田村正和と黒木瞳の「夫婦」というドラマではないが、何とも現在の家族はバラバラ。私の身近にも悩んでいる人が多い。親バカから変な方向へ行ってしまったが、親バカができることはありがたいのだ。本当はもっと夫バカぶりも発揮しないといけないのだが・・・。

少女サッカー関東大会出場 惨敗

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 娘が所属する「小金井4SC」は、半年前、東京都大会2位になり、東京都第2代表で、茨城県石岡市で開かれた第17回関東少女サッカー大会に出場した。出てきたのは、関東8都県より選出された代表13チーム。いち小学校(小金井第4小学校)を基準にしているチームは、わが「4SC」だけ。後はすべてクラブチームの強豪。

 1回戦は地元茨城県のFC石岡レディースに「0対2」、2回戦は千葉の第2代表松戸FC女子に「0対3」。ここで第1日目本戦が終了。さすがに強かったそうだ。第2日は、山梨県第1代表のエスペランサに「3対2」と勝ったが、最後、群馬県第1代表の吉井レッドスパローズに「1対3」と負け。

 わが娘。感想を聞くと、「くやしい、チョーくやしい。すっごくくやしい。でも、緊張したけど楽しかった。強いチームとたたかえてよかった」という。他はみんなプロ級のコーチと体制が整っている。いち小学校チームとしては本当によく健闘したと思う。みんな「ナデシコJAPAN」を目指しているらしい。娘もプロになるそうだ(*^_^*)。

芹沢俊介氏文化講座

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 11月27日、文京シビックセンター・スカイホール(東京都文京区)で評論家の芹沢俊介氏を招き、こんこう文化講座(金光教東京センター主催)が開催された。講題は、「新しい家族のかたち~現代をサバイバルするための親子論~」。講師の芹沢氏は、文芸、教育、家庭など、幅広い分野で評論活動に取り組まれ、現在では、現代の家庭や学校の問題について独自の視点で分析を進められている。

 芹沢氏の指摘では、現在日本のほとんどの家庭が「教育家族化」しているという。そして「不安増減方」を使って子どもを教育している。これは、恐らく脅したり、すかしたり、なだめたりして、不安をあおって親の思うとおりにさせる育て方のことと思う。

 講師は、そうした「させる子育て」は、表面上は「いい子」であるが、実は自分を生きてなく、生きさせられることを子どもに強いているという。家庭では「いい子」であるのに、幼稚園や学校では「困った子」というパターンが多い。これは自己喪失状態の2面性を強いられ、いい子と困った子は表裏であり、「見捨てられ不安」におののいているという。

 こうした「させる子育て」の行き詰まりが親の子に対する虐待になったり、子どもが引き起こす事件の原因となっている。そこで、「させる教育」ではなくて、すべてを受け止めていく、「ある」ことをすべて受け入れ、「ある」をつくる場をつくっていく、つまり起きてくることをまずはすべて受容していく教育の必要性を述べられた。

 しかし、親としてはこれはなかなか難しい。そこで不安増減方を使わない、よりよいしつけの方法について質問した。講師は、「しつけはいらない。箸の上げ下ろしやあいさつは何とでもなる。しつけは親の生き方そのものだ」と言い切られた。虚をつかれた。全くその通りで、問題は親の生き方、その生き方を強いてくる社会のあり方にまで及ぶものだ。単に子育ての方法だけではなくて、現代社会そのものや現代文明論まで含み混んだ問題である。多くの著書があるので勉強したい。

世界真の平和

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(本年9月後半から11月にかけて、新サーバー移転のためこの間の「思うがままに」が旧ホームページにも残っておらず、脱落しております。新ホームページに記録したいので再掲いたします。今後も、本編と相俟って再掲を挟んでいきますのでよろしくお願い申し上げます。今回は世界真の平和として4回連載したものを再掲します)


 金光教を信奉するものとして平和を訴えながら、そして毎日のご祈念で唱えながら、非常に大事な点について看過していた。「総氏子身の上安全 世界真の平和」の「真」の意味合いである。

 「世界真の平和」とインターネットで検索をかけた。一般には使用例はない踏んでいたが、他の宗教団体のどこかは使用していると思っていた。しかし、何と金光教だけであった。「あいよかけよ」とかと違い、普通一般に使われる用語でありながら、本教独自用語ではないか。    
 
 これはすごい発見をしたと思いつつ、一体この言葉の出所はどこなのか。単に世界平和とはいわず「真の」とつけたのは、そこに本教の信仰的な意味合いを込めたことは間違いない。ある先輩の先生に尋ねたら、戦前の御記念にも使用されていたのではないかという。

 戦前も使用されていたのなると、非常にややこしくなるが、現在として、本教信奉者の皆様1人ひとり、この「真の」という意味合いをどのようにイメージしていたのであろうか。皆様の意見を聞いてみたい。私の考えは長くなりそうなのでまた明日から。(つづく)


 「平和」の意味合いについて、私はこれまでいろいろと主張してきているが、一般社会に引き寄せて言えば「真の平和」は、「軍事力によらない平和」であると思う。さらに信仰的にも、日本国憲法の盛り込まれた「積極的非暴力平和主義」という思想を参考としたい。

 もちろん一般思想と本教信仰を同一レベルで扱う危険性や根本的誤りを認識しながらも、しかしなお本教信仰が現実社会に生きるためには、世界人類の先端思想をも吸収しつつ、信仰の立場から発する必要があると考えている。
    
 その「軍事力によらない平和」というと「侵略されたらどうする」、「軍事力なしでは平和は保てない」との反論がくる。しかし、憲法前文には「われわれは、全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とうたっていることを再確認したい。(つづく)


 戦争の原因を「恐怖と欠乏」にあるという認識は、現在においても間違いはないと思う。その「恐怖と欠乏」が戦争を準備し、招来させる原因であり、その除去が平和となる。その上で、日本国憲法では「平和」を単純に「戦争」と対置させているのではないことが分かる。

 つまり、戦争がなくても「恐怖と欠乏」は存在する。ゆえに戦争を予防するとともに、その先のすべての1人ひとりの生活を尊重する平和な世界の永続までも射程に入っている基本原理を持っているといえるのではないか。
 
 そして、「恐怖と欠乏」の除去は、国家としての役割はもちろんのこと、決して国家の専権事項でなく、任意の団体や個人が国籍等の立場にとらわれることなく、積極的に参加するところに、個人を原理とした平和主義の真髄があると思うのである。(つづく)


 この恐怖と欠乏の除去を、絶対安心の助かりを用意、提供する本教信仰実践と置き換えるとするならば、まさに私たち信奉者1人ひとりは、日常の御取次、信心の実践を通して、世界平和へと積極的に参画しているのである。

 そして本教信仰は、信奉者1人ひとりと神さまのつながりをことのほか重要視し、教団をも突き抜けていく個人原理を持っている。例えば信奉者それぞれが様々な任意団体に加入し、活動することにも寛容であり、常に開かれ、すべての1人ひとりの生活をどこまでも大切にしていくことを根本としている。

 そして、それは人間の人間のための平和だけではない。平和は天地全体のものである。でなければ早く平和をまねくための原爆投下や軍事力の行使を正当化してしまうことになる。人間のためだけの平和への努力は、平和をまた破壊しまうことになるのだ。

 私たちの平和への取り組みは、身近な小さな問題でも簡単には解決のいかない事柄が多々あるなかで、決して自身の考えが正しいものだと主張するのではなく、対話、議論はするが対決、対立せず、じっとその場に踏みとどまり、何とか解決の道を探っていこうとする。以上、述べてきたような諸点が「世界真の平和」の「真」の意味ではないかと今のところ考えている。
(おわり)

自衛隊災害派遣

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 自衛隊の災害派遣について、金光教非戦・平和ネットには少し感想を書いたが、当欄で触れるのを失念し、またまたで失礼。

 最初小千谷市に入ってまず感じたのが、神戸の時と違って自衛隊の多さである。私は家や道路が押し流されたテレビの映像を見て、これはもっと全国から自衛隊を投入すべきだと思った。それは、行政や一般のボランティアも大切だが、こうした大がかりな復旧は自衛隊の得意とするところからだ。

 ゆえに道路工事やガスの復旧などで、もっと来てもいいのでというくらいに思っていた。しかし、地元からボランティアに参加しているある若い女性は、この自衛隊の多さに違和感と恐怖を感じているような感想を述べていた。まるで新潟が戦場のような感覚になったのであろう。

 自衛隊の本質は人殺しである。隊員は人が殺せるように教育され、人間性を奪われる。人を助ける災害救助とは本質的に異なるのである。私はかねがね自衛隊を災害救助隊に改編すべきであると主張してきた。もちろん、このたびのフィリピンの洪水などでも出動する国際緊急援助隊である。必ず防衛はどうすると聞かれる。しかし、世界のあちこちに助けに出ている日本の国を一体どこが攻めて来るというのであろうか。軍事力を増強して構えるよりも、遙かに有効な国防政策だと思う。

三宅島島民ふれあい集会

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 11月28日には、港区立芝浦小学校・芝浦幼稚園で、第9回「三宅島島民ふれあい集会」が開催された。金光教東京センターも毎回参加しており、綿菓子やポップコーン、ペンダントの手作りコーナーブースを開設している。

 この集会は、島民同士がお互いに励ましあい、情報交換の場としてこれまで実施されてきたが、来年3月の帰島に向けて、最後の集会となるそうだ。今回はそのためであろう、数年前に参加したときの島民の皆様の暗い様子とは違い、雰囲気やみんなの表情が明るく感じた。

 会場では北側奥に大きなステージあり、中央に300程の席が並ぶ。それを取り囲むようにテントが張られ、各ボランティアのブースが並ぶ。金光教はステージに向かって左の一番奥側にあり、そこから席に座った島民の皆様の表情がよく分かる。笑顔が多い。

 しかし、中にはずっと考え込んでいる表情の方もある。来年は離島から5年。その間、様々な艱難辛苦があったことだろう。亡くなられた方も多いと聞く。また、帰島といってもその後の生活をどう立て直していくか、本当にこの先も様々な障害や困難が予想される。この集会も最後となるようであるが、できることがあれば積極的にかかわってまいりたい。

 2日目は自衛隊のテントにボランティアも宿泊できるということを昨日ボランティアに入っていた方に聞いたので朝一に見に行くことにした。ホームページや電話での問い合わせでは教えてもらえなかった情報である。

 現地に行くと50人くらいはゆうに寝れるのであろう大テントが二張りある。1つは被災者の方用ということ。しかし、なぜあらかじめ教えてくれないかは分からない。自衛隊の管轄なので何か理由があるのであろう。聞かなければと思いながらその後の作業に一杯一杯になり失念してしまった。

 ボラセンにその日は9時過ぎについたので、すでに多くのボランティアの方が集結し、騒々しい。初めての時は1番から、今日は2番の窓口からスタート。行くとすぐにまた田林先生はどこかに連れて行かれたと思うやいなや私たちにもすぐに声がかかり、ニーズ標を渡され、もう1人の若いボランティアの男性と3人で現地に向かった。

 そのお宅は小千谷市の中心にある商店街の一角で、一番表にお店を構え、真ん中に生活場所とその奥にお店関係の作業場がある3つの構造からなるお宅であった。前にも書いたが、表から見ると大したことのないように見えるが、奥へ行くほど被害がひどい。病気療養中のご主人を持つ60代後半に入る奥様は、地震当日2階に寝ていた主人を助け出すのに3時間もかかり、夜10時まで家の中で格闘していたそうだ。

 一回にいた奥様は何がなんだか分からないまま、ただただ夫を助けようと2階に行こうとするがもちろん灯りはなく、真っ暗闇。血だらけになって2階にあがり、仏壇やタンスの下敷きになっているご主人を助け出したそうだ。柱や廊下には生々しい血痕が残り、これがすべて私の血と説明してくれた。地震後は2階にあがるのがこわく、今でもあがってくると気分が悪くなるそうだ。

 もし、夫の横で寝ていたら確実に仏壇の下敷きになっていていのちがなかったという。夫もちょうど仏壇とタンスの間に寝ており、まさに奇跡だった。しかし、このような恐怖体験はちょっとやそっとでは忘れられないであろう。前にも書いたようにまだまだ興奮がおさまらず、作業の間中ずっとお話をされていた。

 これから雪に向かうことや今後のお仕事、生活のことを考えると不安で一杯であろう。こうした微々たる手伝いしかできず、何もできない自分ではあるが、改めてきめ細やかな行政や地域での助け合い、そして息の長いボランティアの必要性を痛感した。何とか元気でがんばって頂きたいと祈るばかりである。(おわり)

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